第85話 私たち、本当の兄妹じゃないって言ったら?
夜の空気は、どこか湿っぽくて、ひとりで歩くにはちょっとだけ心細かった。そんなときに銀髪の少女と出会い、不思議な感覚に陥った。
「ねえ、そこのブランコでお話しようよ」
陽気な声が跳ねるように届く。
「えっ……あ、でも……」
戸惑う私の手を、彼女はそっと取る。
「いいの、いいの! 人間ってさ、頭で考えると大抵ネガティブになっちゃうんだよ? だからこそ、声に出すことが大事なの! はい、どーんとお姉ちゃんに話してごらん?」
そう言って、銀髪の少女は私をブランコの隣にあるベンチへ連れていった。
私はそこで、ずっと胸に押し込めていた悩みを彼女にこぼす。
「……馬鹿らしいですよね? お兄ちゃんの同級生に嫉妬するなんて。妹は、私だけのはずなのに……そのポジションを取られちゃうような気がして、苦しくて……お兄ちゃんに八つ当たりしちゃって……」
頬が熱い。自分でも呆れるほど、子どもっぽい嫉妬心だった。
でも、彼女は首を横に振った。
「ううん。私は、馬鹿らしいなんて思わないよ」
――まっすぐな瞳。
「私はね、家族ってすっごく大事な存在だと思うんだ。友達や恋人よりも、もっとずっと大切な存在」
「……え?」
「恋人ってさ、別れたら終わりでしょ? 友達だって、成長すれば話が合わなくなって離れていく。でも、家族は違う。血のつながりがあってもなくても、一緒にいて“心が通じる”なら、それが本当の家族なんだよ」
彼女の言葉は、やけにあったかくて、優しくて――
「きみは、家族のことで悩んでる。それって、すごく本質的で、優しいことだと思うよ?」
私の胸の奥に、ぽちゃん、と音を立ててなにかが落ちた。
「私はこう見えて、発明家でね?」
制服の裾をひらりと揺らしながら、銀髪の少女は誇らしげに胸を張った。そのオッドアイが、じっと俺を見つめてくる。
「そんな私にも……妹がいるんだよ?すっごく可愛いんだ。でもね、私は自分の発明に夢中になりすぎて、いつの間にか周りが見えなくなってて……気づいたら、彼女とはちょっと微妙な距離感になってたんだ」
彼女の声が、少しだけ寂しそうに揺れる。
「私は……ただ、妹を笑顔にしたかっただけなのに。皮肉なもんだよね。私の妹を笑顔にするために始めた“発明”が、逆に彼女との距離を遠ざけちゃったんだから」
一拍置いて、彼女はゆっくりと俺の方に向き直る。
「でも君は……ちゃんと悩めてる。その気持ちを、誤魔化さずに向き合えてる。それは、すっごく賢いことだよ。私には、それができなかった。だから、羨ましいって思う」
そして、にかっと笑って──
彼女は拳で自分の胸をトンッと叩いた。
「だからさ、その気持ち……ちゃんと話してみなよ。伝えてごらん」
オッドアイがきらりと光る。
「大丈夫。こう見えてお姉さんは、天才なんだから!」
その言葉に、不思議と胸が軽くなった気がした。
そして気づけば、自分もまた……
誰かに弱さを話せた自分を、ほんの少しだけ、誇らしく思っていた。
「私…兄に話してみようと思います……私のこと、どう思ってるのか。昔みたいに、私だけが大切な妹なのか……ものすごく恥ずかしいけど……」
(考えただけでも…恥ずかしいけど…聞かないとね?悩んでても仕方ないし)
私は、銀髪の少女にそっと語りかけた。
夜風がふわりと頬を撫で、ブランコの鎖がかすかにきしんだ。
すると──
「いいね! いいねっ!悩みはもう解決したみたいだね?」
彼女は勢いよく立ち上がり、くるっと振り返る。
月明かりに照らされた銀髪が、星屑みたいにきらめいた。
「じゃあ、私そろそろ帰るね? 夜も遅いし、家まで送ろうか?」
屈託のない笑顔。
けれどそこには、どこか大人びた優しさがあった。
「いえ、もうすぐそこなので大丈夫です。……相談に乗ってくれて、ありがとうございました」
「こちらこそっ! また君と会えそうな気がするよ! それじゃあね〜!」
そう言って、彼女は真っ直ぐに駆け出していった。
手を高く掲げて、ひらひらと振りながら、公園の出口へと消えていく。
──不思議な人だった。
「……私も、帰らないと」
ベンチから腰を上げようとした、その時だった。
「姫花ぁあああ!! 探したぞ!!」
急に名前を呼ばれて、驚いて振り向く。
そこには──
汗をかき、息を切らしながら、こちらに駆け寄ってくる兄の姿があった。
「良かった……! 本当に……!」
兄は、その場にしゃがみ込むようにして肩で呼吸しながら、私の肩をぎゅっと掴む。
「……な、何? 私を探してたの? 心配でも、した?」
「当たり前だろ!!突然いなくなりやがって……もう帰ってこないんじゃないか?って不安で不安で探しに来たんだよ!!」
パジャマ姿でサンダル、髪はまだ濡れており恐らく風呂上がりに私がいない事に気付いて急いで探しに来たのだろう。
そして目には、ほんの少し涙が滲んでいた。
「俺にとって、世界で一番大事な妹なんだから!」
「……にぃに」
胸がきゅっと締めつけられた。自分のさっきまでの悩みの答えが兄のその真剣な眼差しですぐに答えはわかった。
……あの時と、同じ目だ。
私がいじめられていたあの日、誰よりも早く助けに来てくれた──あの時と。
「ねぇ……もし、もしもだよ?」
私は、少しだけ俯いてから、意を決して口を開いた。
「私たち、実は“血が繋がってない”って言われたら……どうする?」
「え……?」
兄の表情が、固まった。
「お父さんに口止めされてたけど……実は、私たち、本当の兄妹じゃないんだよ。でも、血の繋がりがなくても──それでも、私を妹として……大切にしてくれる?」
数秒の沈黙。
……そして。
「はああ!? ちょ、ちょっと待って、マジ? え? え?親父不倫してたの?ちくしょう!!許さねぇ!!」
兄はパニック状態になりながら、私の顔をまじまじと見て、慌てふためく。
兄は、まっすぐに私の目を見て、口を開いた。
「姫花…お兄ちゃん……まだ頭の整理がついてないけどさ」
一呼吸おいて、ゆっくりと──でも、力強く告げた。
「たとえ血が繋がっていなくても、姫花は俺の、大切なたった一人の妹だ。大事なのは心が通じ合ってるかだ!!」
その瞳には、嘘偽りのない“本音”が宿っていた。まっすぐで、揺るぎない想いが、真っ直ぐに私の胸を打つ。
私は思わず頬を赤らめ、ふっと笑って呟いた。
「ふふっ……何、本気にしてるのよ?」
――ほんの、出来心だった。
咄嗟についた嘘に、胸がチクリと痛んで、私はすぐに白旗を上げた。
「ごめんね、にぃに……うそ、ついちゃった。私たちはちゃんと、血の繋がった……正真正銘の家族、だよ?」
「おい!な、なんだよぉ〜! びっくりさせんなよ!!」
頭をがしがしとかきながら照れた様子の兄に、私はくすっと微笑む。
「ねぇ、早く帰ろ? スイーツ、いっぱい買ってあるんだ。お家で一緒に食べよ?」
私はそっと兄の手に荷物を渡して、家のある方へ歩き出した。
――どんな状況になっても、私がどんな私になってしまっても。
この人は、きっと味方でいてくれる。
その背中を感じながら、私は心の中でそっと、そう信じた。
私の王子様は、きっとずっとそばにいてくれる。その温もりが、胸をほのかにあたためた。




