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第69話 初心者のくせに、俺だけチート状態

俺はもう――目立たないようにするのをやめた。


勝ちに行く。それだけだ。


雑念を捨て、息を整え、心を静める。

これまでの俺とは違う。勝負に挑む“本気”の俺を――解き放つ。


そんな時だった。


「にしし♡ わんちゃん頑張っ――」


愛理の声が、どこか遠くに霞んで聞こえた。

俺の心はすでに、試合の空気に没入していた。


(……集中しろ。全神経を、今この瞬間に――)


第二クォーター開始のホイッスルが、コート全体に響く。相手ボールでのスタート。俺は静かに深呼吸を繰り返す。


吸って、吐いて。

コートの空気を、音を、振動を、肌で感じ取る。


(親父が言ってた……“勝負を分けるのは、技術力じゃない。精神力だ”)


昔、何度も言われた。

“集中のスイッチ”の入れ方を、俺は骨の髄まで叩き込まれている。


――今、それを使う時だ。


相手チームがパスを回し、テンポよく攻めてくる。受け取った選手が、俺の前に立つ。


俺は低く構えた。

重心を落とし、視線は相手の腰に――。


(ん……? こいつさっきまでと違うな……?)


相手がわずかに眉を動かした。気づいたらしい。

さっきまでの“なんとなくプレイしてた俺”じゃないことに。


ほんの一瞬、相手が足を止めわずかに思考する。


(ドリブルと見せかけて、秋田にパスしよう)


相手は次の一手を決めて動こうとした、そのとき――俺の左目の選手の全身を捉え、瞳孔が、スッと開く。


「ドリブルと見せかけて、秋田にパスしよう」


相手の選手は、ハッとしたように目を見開いた。


「……今、なんで俺……口に……?」


次の瞬間には、俺はすでに動いていた。

相手がパスを出すその瞬間、俺の手がライン際に滑り込み――


鋭い音を立てて、パスを叩き落とした。


ブワッと湧く歓声。

観客が、チームが、何より自分自身が――“本気の俺”に、ようやく追いついてきた。

周囲がざわめき始めた。


さっきまで走り回るだけの“初心者”だった俺が――相手のパスを、まるで読んでいたかのようにカットしたのだから。


(……なんで、俺は声に出した?)


相手の動揺なんて、今の俺にはどうでもよかった。ただ一つ、試合に勝つこと。それだけに集中していた。


床に転がるボールを拾い上げ、俺は迷わず走り出す。ドリブルなんて正直まともにできやしない。不恰好だってわかってる。


でも――関係ねぇ。


「おい、こいつ……めっちゃ速ぇぞ!?」


観客の一人が叫ぶ。いや、選手か。誰かはわからない。ただ、それが聞こえるぐらい周囲は驚いていた。


そんな声に応じるかのように、相手選手が俺を止めにかかる。


(邪魔だ……どけ――!)


睨むように相手に視線をぶつけたその瞬間。

相手の全身を捉え、左目の瞳孔が、スッと広がるのを自覚した。


(なんだこいつ……?さっきまでと、まるで別人だ)


(ここは右側を……守って……)


「右側を守って……」


また、相手の口が勝手に動き、未来の動作、心の本音がもれる。俺は、反射的に左に切り返す。視線と声で相手の意識を右に釣り、そこを突いた。


スパッと抜けた。誰にも邪魔されず、ただ一直線にゴールへ。


「ゆういち……嘘だろ……?」


蓮也が呆然とした表情で、俺を見ていた。


(動きは完全に初心者なのに……なんで、こんな抜き方ができるんだよ……!?)


その異様な光景に気づいたのか、周囲の空気が変わる。他の部活――女子バスケ部、女子バレー部、男子バレー部の連中が、次々と練習の手を止めて、俺のプレーを見つめていた。


体育館の空気が、確かに変わった。


まるで、ここに“何か”が起こっていると、誰もが本能で感じ取ったように。


蓮也と同様に、聖の目も驚きに見開かれていた。


(ゆういち……すごい)


俺は一気にドリブルで相手を抜き去る。確かに、フォームは不格好でぎこちない。経験者のように洗練されたステップなんて踏めやしない。


けれど――


“相手の次の動きの声が聞こえる”。


次にどこへ動くか、何を仕掛けてくるか――そんな未来への行動が声として俺の中に耳に聞こえてくる。


とはいえ、俺自身に得点を決める技術なんて、ない。


 ――だからこそ。


咄嗟の判断で、俺は左の聖にノールックパスを送る。その球を受け取った聖は、迷いのないモーションでスリーポイントラインの外へと跳び上がる――。


「……決めたッ!!」


美しい放物線を描いたボールが、リングに吸い込まれる。


「うおおおおお!! すげぇえええっ!!」


歓声が、体育館中に響き渡る。その歓声は聖のシュートに対してではない事なんか集中してる俺は気付きさえしてなかった。


「にしし♡ それでこそ、私のわんちゃん♡」


ベンチのマネージャー・本郷愛理が、嬉しそうに手を叩いていた。


――だが、試合は止まらない。


すぐさま相手チームが速攻を仕掛けてきた。的確なパスワークで、じりじりと俺たちのゴールへと近づいてくる。相手選手を俺がディフェンスしようとした、その瞬間、俺のスイッチがまた入った。


スッ――と、左目の瞳孔が拡がる。


(フェイクを入れて、フェイダウェイジャンプだ)


「フェイクを入れて、フェイダウェイジャンプだ」


その選手が思考した直後、また“声”が漏れた。


俺は即座にフェイクのモーションを見切り、跳躍する。相手が放ったジャンプシュートに合わせて、高く跳び――空中で、ボールを思い切り叩き落とした。


「くそっ……なんで、口に出しちまうんだよ……!」


相手は戸惑いと混乱に満ちた表情を浮かべた。


だが、それは――こっちも同じだった。


(……なぜ“聞こえる”? なぜ“読める”?)


わからない。でも今の俺は、そんな謎を追う余裕すらない。


 “この試合に勝つ”。


ただそれだけが、俺を突き動かしていた。


(今の俺は――心理戦なら負ける気がしない)


そう確信しながら、俺は再び攻めへと走り出す。


お互いのチームの激しい攻防は続き――

スコアは、32対32。


残り時間、わずか15秒。


体育館中が静まり返る。

シューズの軋む音だけが、時を刻むように響いた。


蓮也からのパスを受け取った瞬間――

俺の全神経が一点に集中する。


(ここで決める。絶対に。)


相手のディフェンスが迫る。

その刹那、また――聞こえた。


(右を塞げ! 次は左に抜ける気だ!)

「右を塞げ! 次は左に抜ける気だ!」


思考が“声”となって漏れ出す。

俺はその一瞬のズレを突き、右へフェイント――そして一気に左へ切り込む!


観客席がどよめく。

速すぎて、誰もついてこられない。


残り10秒。


横目で見た味方の位置。

――だが、誰もいない。


「……パス、出せねぇ!」


息が荒くなる。

心臓が爆音みたいに鳴り響く。


(もう――俺が決めるしかねぇ!)


そう覚悟を決めた瞬間、

俺の足が勝手に動いた。


まるで、体の奥に眠る“本能”が引きずり出されたみたいに。


ゴールへ一直線。

ジャンプ台のように床を蹴る。


――宙へ、跳ぶ。


空気を裂くような一瞬の静寂。

その中で俺は、確信していた。


(これしかない。初心者の俺でも、確実に決める方法――)


そして、全身の力を込めて――


ガシャンッ!!!


リングを両手で掴み、叩き込む。

ゴールネットが激しく揺れ、体育館中に金属音が響き渡った。


「うおおおおおおおおっ!!」


蓮也の叫びと、部員たちの歓声が一斉に爆発する。


――試合終了のホイッスルが、静かにコートに響いた。


一瞬、時間が止まったような気がした。

息を呑むような静寂。

俺はその場に立ち尽くし、ぼんやりと周囲を見渡す。


(……また、か)


胸の奥がざわついた。

過去の記憶が、嫌でもよみがえる。


(また俺は……“調子乗ってる”って、言われるのか?)

(“空気読め”って、冷めた目で見られるのか?)


怖くなって、自然と俯いてしまった。

視線の先にあったのは、汗で濡れた自分の影。

その影は、まるで昔の俺そのものみたいだった。


「――ゆういち!」


突然、名前を呼ばれた。


顔を上げると、仲間たちが俺を囲んでいた。

みんな、笑っていた。


「マジすげぇよ、お前!」


「え、ゆういちってダンクできるの!? ヤバすぎ!」


「今日のMVPはお前だな!」


目の前の光景が、信じられなかった。

いつもなら冷めた視線が刺さっていたはずなのに。

今は、温かい声が俺の背中を押していた。


気づけば――相手チームまでもが、拍手を送ってくれていた。


「ナイスプレー!」


「お前、初心者じゃねぇだろ!?(笑)」


胸の奥が熱くなった。

震えたのは、きっと体じゃなくて――心だった。


(……俺は、ずっとひとりだと思ってた)


けど、今は違う。

俺は、みんなと力を合わせて――この瞬間を勝ち取ったんだ。


そのとき、蓮也が俺の前に歩み寄ってきた。

いつも通り、飾らない笑顔で。


「ゆういち。お前さ、めっちゃかっこよかったぜ?」


スッと差し出された手。

その手は、まるで今の俺を肯定してくれるようだった。


(……他人のことを、こんなふうに喜べるなんて)


(俺はまっすぐなこいつみたいになりたい)


(もう、自分を卑屈に思いたくない)


俺は、その手をしっかりと握り返した。


「……これからも、よろしくな」


自然と笑っていた。

いや、たぶん泣きそうだったのかもしれない。

こうして俺は――正式に、バスケ部の一員になった。


あの日のダンクは、点数以上に大きな“何か”を、俺にくれたのだった。

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