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第67話 信じていいと思えた日

安城と別れ、俺は一人で帰路につく。


(……よしっ! 俺の推しには彼氏、いないッ!!)

(俺はこれからも推し活が出来るんだ!!)


それだけの事実で、俺の足取りは軽やかどころか、もはや天にも昇る勢いだった。正直明日の学校が楽しみでもある。浮かれたまま玄関のドアを勢いよく開け、颯爽と靴を脱ぎながら、リビングに向かって声を張る。


「ただいま〜っ!」


きっと、あの世界一可愛い妹――姫花の元気な「おかえり〜」が返ってくるはずだった。……が、返事はない。


「あれ? 姫花、風呂でも入ってるのか?」


そう思いながらリビングのドアを開けると――


「……ん?」


普通に、姫花がいた。

ソファに座り、膝を抱えてテレビを眺めている。でもなぜか、どこか不機嫌そうな雰囲気が漂っていた。


「ただいま、姫花」


俺がそう声をかけると、彼女はちらりと視線を寄越しただけで、


「ふんっ!」


とそっぽを向いた。明らかに物凄く機嫌が悪い。


(……なんだ? どうしたんだ?)


理由も思い当たらず、とりあえずそのまま風呂場へと直行する。


――この時の俺は、まだ知らなかった。


昼休み、教室で蜂須賀を「昔の姫花みたいなんだと」頭を撫でた事を。妹、姫花の前で無意識に妹のように接してしまった地雷を踏んでいた事を

そして、それを姫花が見ていたことに。


(にぃにの妹は、姫花だけなのに……にぃにのバカたれ!!浮気者!!甲斐性なし!!)


リビングに一人残された妹は、テレビの音を聞きながら、小さく膨れっ面をしていた。


そんな事を知らない俺は風呂上がりの湯気がまだ残る部屋で、俺は布団にくるまる。


(……推しに、彼氏はいない♪)


その事実を、もう何度も心の中で反芻していた。

何度思い返しても、ニヤけが止まらない。


まるで長年の呪いが解けたような安堵感。

これからも自分の推しを全力で推し続ける事が出来ることに幸せを噛み締めていた。


やがてまぶたが重くなり、ゆっくりと夢の世界に引き込まれていく。


――その眠りは、思いのほか深かった。


◇ ◇ ◇

(回想)

気づけば、俺は中学の通学路に立っていた。


「あれ?ここは?」

懐かしい制服。ざらついた感触のアスファルト。


昨日、俺たちは愛理を守るために、上級生のヤンキーに喧嘩を買った。


殴り合って、ボロボロになって、それでも不思議と後悔はなかった。


むしろ今日の登校は、これまでと違っていた。


空気が少し澄んでいるような気がした。

歩く足取りが、ほんの少しだけ軽かった。


(……なんなんだ、この感じは)


俺にとって“友達”ってのは、ただの幻想だった。


苦しいときに笑って去っていくヤツ。

傷ついても見て見ぬふりをするヤツ。

そんな薄っぺらいもの。


本当の友達なんて、存在しないと思っていた。

いや、必要ないとすら思ってた。


でも――蓮也は違った。


あいつは、俺が必死に隠してきた“弱さ”を見抜いた上で、


「俺は、友達が苦しんでるのを見て見ぬフリなんて、できねぇんだよ!」


「だから一緒に苦しんでやる。ボコられても、怒られても、連帯責任でも、一緒にギロチンかけられたって構わねぇ」


「友達ってのはな苦しんでる時こそ、そばにいるのが友達だ」


「俺はもう、お前を”友達”って決めたからな」と、平然と言ってのけた。


俺が恐らく一番欲しかった、言って欲しかった言葉だった。


(……なんでだよ)


あの一言が、今でも胸に焼きついて離れない。


喧嘩の痛みなんかより、あの言葉のほうが、何倍も俺の心を揺さぶった。


(俺には……あんなふうに、誰かの隣にいられるだろうか…あいつのような真っ直ぐな人間みたいな)


ただ、そばにいて、共に痛みを感じて、支えるような……


そんな“友達”に――なれるのだろうか。


◇ ◇ ◇


――夢の中で、俺はそんな問いを心に抱いたまま、歩き続けていた。


胸の奥に残る、じんわりとした熱。

けれど、それをどう扱えばいいのか分からず、モヤモヤとした靄が晴れないままだった。


無事に教室に到着して席に着こうとしたその瞬間――


「にしし♡ わんちゃん、おはようっ♪」


声をかけてきたのは、隣の席の本郷愛理。

ピンクの長い髪が朝の光を受けてふわりと揺れる。まるで小悪魔のような笑みを浮かべて、俺を見上げていた。


完全に、俺のことを飼い犬扱いしてやがる。


「おっす! ゆういち!!」


続いて、前の席から元気すぎる声が響いた。

振り返ると、"俳優"のような凛とした顔に絆創膏を何枚も貼った真田蓮也が、まるで何事もなかったかのように笑っていた。


「昨日は災難だったな! 傷、大丈夫か?」


……いや、お前のほうが重症だろ。


「いや、お前こそ大丈夫かよ」


俺は思わずツッコミのように返す。


「いや〜! 面目ない! 正直、クソみたいに痛ぇ!」


「にしし♡ 蓮也、ほとんど殴られてただけだったけどね?」


と、愛理が小悪魔全開の笑顔で爆弾を投下してくる。


「でもさ、ほんと嬉しかったよ。ありがとね、ふたりとも。私を守ってくれて♡」


そう言って笑う彼女の言葉に、胸が少しくすぐったくなる。


(……こんな風に、笑いながら話せる関係なんて)


人を信じられなかった俺にとって、それはどこかむず痒い感情だった。


そんなときだった。


「……神田君、その、大丈夫?」


ふいに、左側――つまり愛理とは反対側から、やさしい声がかけられた。


驚いてそちらを見ると、そこには――

白い雪のような髪をふわりと肩で揺らし、ぱっちりとした瞳をこちらに向ける、美少女がいた。


肌は透き通るように白く、細くしなやかな指先が机の上で軽く揺れている。

けれど――ひとつだけ、明らかな“違和感”があった。


彼女……いや、“彼”は、男の制服を着ていた。


(えっ……え?俺の前で何が起こっている?)


一瞬、脳がバグったかと思った。目の前の状況を理解する事を俺の脳は完全に拒否していた。


「……ありがとう。まぁ、なんとか大丈夫だ

ところでごめん…俺転校して来たばっかであんたの名前知らなくてさ…」


反射的にそう答えながらも、声のトーンはどこか素っ気ない。

"初対面"だと、どうしても壁を作ってしまう――昔の癖みたいなものだ。


「……あっ、自己紹介がまだだったね」


相手は気にした様子もなく、ふわりと笑う。


「僕は、如月きさらぎ ひじり! よろしくね、神田君!」


ぱっと咲くような笑顔は、まるで春先の陽だまりのように眩しかった。


少女のように綺麗で、けれど確かに“男”の姿をしている彼――

如月 聖との出会いは、こうして突然訪れた。

この不思議な違和感とやさしさをまとった相手が――

後に俺の“親友”と呼べる存在、如月 聖だった。


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