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第65話 月が照らすのは、俺の嘘と君の本音

放課後――。

制服を脱ぎ、私服に着替えた俺は、スマホを片手に安城からの連絡を待っていた。


ピロン――


無機質な通知音が部屋に響く。

画面をのぞくと、たった一行のメッセージが届いていた。


「19時に駅近くの公園のブランコに来て」


淡々としたその文章に、俺は一瞬でその場所を思い出した。

中学の頃、よく一人でバスケの練習をしていた、あの小さな公園だ。


急ぎ支度をして、あの頃の記憶をたどりながら公園に向かった。


──辺りはもう薄暗い。

人気のないブランコが、微かに風に揺れているだけだった。


(安城……まだ来てないのか?)


そんなことを思った直後――


「……ねぇ、お待たせ」


背後から、静かに届く声。

慌てて振り返ると――

俺の心臓が、跳ねた。


「……え?その服って!」


そこに立っていたのは、あの時、俺がプレゼントした――

“白いワンピース”に身を包んだ、安城恵梨香だった。


「すげぇ……可愛い……あっやべぇ」


言ったあとで、しまったと思った。

まるで自分の心が先走ったように、俺は視線を横にそらした。

これは呪いのせいなんかじゃなかった。ただ自然に、零れ落ちてしまった言葉。


(推しを諦めるって決めた途端にすぐこれかよ…)


自分の意思の弱さに嫌気が刺した。どうやら俺はまだ完全に推しを諦めきれないでいる。


(はやく諦めねぇとな…安城とその彼氏にも悪いしな)


そしてふと前を見ると、彼女の頬がみるみる赤く染まっていく。


「なっ……なによ、いきなり……」


恥ずかしさを隠すように、顔をそらす彼女。

……でも、すぐに――また俺を見つめ直し、真っ赤なままの顔で、静かに問いかけた。


「ねぇ……蜂須賀さんと、私……どっちが可愛い?」


その目は、冗談なんかじゃなかった。

真剣で、不器用で……でも、まっすぐだった。


まるで、答えを間違えたら、世界が終わってしまうような――そんな緊張感。


俺の鼓動は、どんどん速くなっていった。


「え? 蜂須賀……? 急にどうしたんだよ?」


安城の唐突な名前に、思わず問い返してしまった。だけど――その顔を見て、俺は固まる。


上目遣いでじっと見上げてくる、安城恵梨香。

その表情は、いつものクールな彼女とはまるで別人だった。

眉をわずかに寄せて、どこか拗ねたような、でも不安を隠すような――そんな顔。


(……な、なんだこれ……一体どうしたんだ?)


普段とのギャップに、俺の心拍数が一気に跳ね上がる。ただでさえドキドキしてるのに、そんな顔見せられたら耐えられるわけがない。


「ねぇ……何とか言いなさいよ」

「私と蜂須賀さん、どっちが可愛いの?」


ぐいっと一歩、安城が距離を詰めてくる。

その瞬間、ふわりと鼻先をくすぐる柔らかな香り。

石鹸のような清潔感の中に、ほのかな甘さを感じる――それは、彼女の匂いだった。


(おい!どうしたんだよ安城!?普段なら絶対そんな事聞かないだろ!?どこのヤンデレ彼女だよ!?)


安城のあまりの可愛いさに俺の心臓が高鳴る。そして、理性が悲鳴を上げる中それに呼応して例の“呪い”がまたしても発動した。


「……安城の方が可愛いです」


本音が――ポロッと、零れた。


(何言ってんだ!俺!何が"安城の方が可愛いです"だよ!?ダメだ……安城には彼氏がいるのに…こんな事言っちゃダメだ!彼氏に悪いだろ!止まれ!俺の本音!!)


すると、安城の表情がふわりと綻ぶ。

目尻を少しだけ下げて、どこか安心したように微笑むその姿に、俺の心臓は限界を迎えそうだった。


「ふふっ、そうよね。知ってる」


――と、そこで終わるかと思いきや。


「じゃあさ……如月さんと私なら、どっちが可愛い?」


「は……? なんでそこで聖なんだよ……?」


困惑した俺の声をよそに、安城はまた一歩、さらに距離を詰めてくる。


すぐ目の前。

あと数センチで肩が触れそうな距離。

香りも、熱も、すべてが“近すぎる”。


(ああもう、わけわかんねぇ……!)

(おい!絶対出るなよ?俺の本音!!絶対だぞ?)


まるでお笑い芸人の"絶対に押すなよ"みたいなフラグを立ててしまったが、俺は絶対回収しないと決意し、拳に力が入る。


だが、目の前の安城の可愛いさと匂いに頭がクラクラして、思考が追いつかない。

そしてまた――俺の口が勝手に動いてしまった。


「……安城の方が、可愛いです」


――本音が、またしても。


(ちくしょう!もうダメだ!!ふざけんなよ!?相手は彼氏持ちだぞ!?わかってるのか?俺!こんな事言ったらダメなのに……こんな本音隠さないといけないのに…)


返事を聞いた安城は、今度こそ完全に満足げに微笑んだ。どこか勝ち誇ったように、でもほんの少しだけ照れくさそうに。


月明かりの下で揺れる白いワンピース。

それはまるで、彼女の心が揺れているみたいで、俺はもう目を逸らせなかった。


「ふふっ、知ってる……」


安城が微笑みながら、すっと一歩近づいてきた。

その距離感、声のトーン、柔らかくてどこか艶のある瞳――いつものクールな彼女とはまるで違う。


「じゃあさ……朝倉先生と私、どっちが可愛いの?」


その言葉に、俺は思わず目を見開いた。


(いやもう本当に勘弁してくれ……今日どうしたんだよマジで!?どんだけ俺の想いを踏み躙るんだよ!?そういうの彼氏に聞けよ!!なんで俺に効くんだよ!?心の声聞こえてんじゃねぇのか!?)


そんな冗談みたいなことを言うキャラじゃないはずだ。なのに今の安城は――まるで、

俺を試すように、あるいは、甘えるように、じっと俺を見つめてくる。


しかも、また一歩近づいてくる。


「ねぇ……どっちが可愛い?」


顔が近い。

ありえないほど近い。


肌の温度すら感じそうな距離で、安城がじっと俺を見上げている。


心臓が、爆音を立てていた。

逃げたい。でも逃げられない。むしろ、動けない。


そして――


「安城の方が……可愛いです」


(もういいよ…好きにしてくれ)


俺の本音を隠したい気持ちを神はドヤ顔で踏み躙るようにまた、本音が漏れてしまった。


俺の口は勝手に動く。心が叫ぶ前に、喉が反応してしまう。安城の瞳がふわりと緩んだ。その頬が、ほんのり赤らむ。


(ああ、もうダメだ……この空気、いろいろと耐えられん……いっそもうひと想いにやってくれよ…)


だが、安城はそこで終わらなかった。


「――じゃあ、姫花ちゃんと私なら、どっちが可愛い?」


ピタッと、時間が止まった。普通にひと想いにやってきやがった


(……え?いい加減にしろよ、そういうのはな彼氏にやれっての?どうして諦めようと決めた俺にそんな嫉妬した彼女みたいな態度で来るんだよ!!)


頭が真っ白になる。推しに対して少し怒りを覚える自分がいた。推しに彼氏がいるとわかった途端に俺はなんて情けないんだ

でもこの問いは選べるわけがない。

だって、姫花は俺の妹だ。たった一人の、可愛くて大事な家族だ。


俺は反射的に口を開いた。


「あのな、安城――」


だけど、その言葉すら遮るように。


「ねぇ、私と姫花ちゃん、どっちが可愛いの?」


――もう一度、上目遣いで同じ質問が返ってくる。


声が震えているようにすら感じた。

その瞳の奥には、不安と、期待と――それから、嫉妬のようなものまで宿していた。


俺は、自分の本音が――怖くなった。


世界で一番大切な存在である妹と、推しの安城を比べるなんて。

そんなこと、俺には……できなかった。


だから俺は、咄嗟に目を瞑りながら口を開いた


「じゃあさ……安城の彼氏って、俺よりカッコいいのかよ……?」


(最低だな…俺…余裕がなくなった途端にこれかよ…本当に情けねぇな)


自分の情けなさに胸が締め付けられて苦しい。恐る恐る目を開くと意外な光景だった。


(……あれ?どうした?)


言い終えた瞬間、安城の動きがピタリと止まった。その場に固まったように、微かに瞬きをして――まるで、思考がフリーズしているみたいだった。


「……え? 彼氏?」


月の光が安城を照らす。

まるで、胸の奥に隠した“真実”をそっと照らし出すように。


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