第61話 天才発明家と、心を遮断するミサンガ
「お兄ちゃん、いってらっしゃい〜!」
林間学校から帰ってきた妹・姫花に見送られ、俺は玄関を開ける。
今日は代休らしく、あいつは学校を休みだ。羨ましい。
「……うわぁ、眠てぇ」
あくびを噛み殺しながら通学路を歩いていたそのとき――ふと、視界の端に妙な光景が飛び込んできた。
銀色の髪が朝日にきらりと光る。
そこに立っていたのは、一人のギャル。
(……なにやってんだ?)
赤と青、二つ並んだ自販機。その前で彼女は腕を組み、真剣な顔で悩んでいる。
「うーん……おかしいな?なんで商品がでてこないんだ?」
そう呟いたかと思うと、赤色の自販機に小銭を入れた――のに。
押したのは隣、青色の自販機のボタンだった。
……なるほど。バカだ。
(これはあれか……天然ってやつか)
なんども青の自販機にボタンを押す彼女を見かねた俺は、思わず声をかけていた。
「あ、あの……すいません。赤い方にお金入れたんで、赤い方で押さないと……出てこないですよ?」
至極当たり前のことを言ったその瞬間
銀髪ギャルがぱちりと瞬きをして、ゆっくりと振り返る。
――その瞬間、息を呑んだ。
銀髪の髪が宙に靡く。
そして、左右で色の違う瞳。片方は澄んだ水色、もう片方は深い紫。
まるで異世界から切り取られたような、美しすぎるオッドアイのギャルが、そこにいた。
「ん〜!!ほんとだ!!おかしいと思ったんだよね!全く紛らわしいな〜!あたし、海外暮らしだったからまだ日本に慣れないんだ!」
元気いっぱいに笑うその姿は、まるで明るいギャル。銀髪にオッドアイという神秘的な容姿と、底抜けに陽気な性格が不思議に噛み合っていた。
「……海外暮らしはあんまり関係ないと思いますけど」
気づけば俺は、思わず突っ込んでいた。
「ありゃりゃ!これは一本取られちゃったね!」
彼女はおどけたように頭に手を当てて、へへっと笑う。その様子は、周りの空気まで明るくしてしまうみたいだった。
「……その制服、うちの学校ですよね?」
「一年で見かけないので二年生か三年生ですか?」
「そうそう!その通り!実はね、海外の大学で教授やってたんだけど、つい先日帰ってきたんだ〜!これでも最年少教授なんだよ!?」
「……教授!?」
あまりにサラッと言うから耳を疑った。
どうやらこの陽気すぎる銀髪のギャルは――本当に“天才”らしい。
「そうそう!感応科学っていう学問と工学の研究をしてるんだ!発明品とか作ってたんだ〜
普通はね一つの専門分野を研究するんだけどね〜私の場合は二つ専門分野があるんだ〜」
「どんな研究してるんですか?」
俺は興味深々に食いついた
「ん〜とね!工学の分野では今"タイムマシン"を作ってるんだ!!私ロマンを追うのが好きなんだ!!」
まるでお菓子の新作を自慢するみたいな軽さで、爆弾発言をさらっと口にする。
「……は?」
頭が追いつかない。教授? 発明家? タイムマシン?どう聞いても冗談にしか聞こえないのに、彼女の瞳にはまったく嘘がなかった。
「今はね"とある症状"について研究するために日本に戻ってきたんだ! だからその間、日本の高校で学生するつもり!……研究ばっかの日々だったから楽しみなんだ〜花のJK生活♡」
銀髪を揺らして笑う彼女は、どうやら本当に“天才”らしい。そんな彼女が、陽気に俺へと手を差し出してきた。
「まぁまぁこれからよろしくね!!」
勢いに押され、俺も自然と手を伸ばす。
――その瞬間だった。
彼女の片方の瞳孔が、すっと開いた。
空気が一変する。さっきまでの明るさが嘘のように、異質な静寂があたりを包み込んだ。この感覚に俺はどこか見覚えがある。
銀髪ギャルはじっと、俺を見ている。
いや……違う。
俺を見てるようで別のものを見ている。
そう、俺の脳の奥底を、直接のぞき込まれているような感覚。
背筋に冷たいものが走った。
「へぇ……なるほどね…気に入った!!」
彼女がぽつりと呟く。
何が“なるほど”なのか全然わからない。けれど確かに、あの瞬間――何か異質な力が働いた気がした。
「あっそうだ!そうだ!お近づきのしるしに君にはこれをあげるよ!」
差し出されたのは……紐?
(なんだこれ?……ミサンガ?)
手に取った瞬間、違和感が走る。
ただのミサンガにしては、やけに重たい。
光沢も妙に金属的で……いや、これは“ミサンガ風のブレスレット”だ。
「どう?どう?可愛いでしょ〜??気に入ってくれた??ちなみに私とお揃いだよ!!」
陽気な笑顔でぐいぐい迫ってくる彼女。
「せっかくだし、私つけてあげるよ!」
そう言って、俺の手首にブレスレットをかけようとする。慌てて俺は抵抗した。
「いやいや!ネックレスとかブレスレットって校則違反ですよ!やめときます!怒られるの目に見えてるんで!!」
「大丈夫、大丈夫!誰がどう見ても、ただのミサンガにしか見えないからっ!」
にっこり笑いながら、強引に俺の手首に装着してしまう。
(まあいいや……後でこっそり外そう)
心の中でそう決意する俺をよそに――
「はいっ!できた!めっちゃ似合うじゃん!!」
彼女は満足げに手を叩いた。
「じゃあね!そろそろ私行くね!来週から編入だからよろしくね!」
彼女は最後まで明るい雰囲気を振りまきながら、手を振って去っていった。まるでパリピ系女子そのもの――。そんな印象を残して。
俺もその背中を見送りながら、学校へ足を進める。
(なんか凄い人だったな?……てか、そろそろ外さないとな)
歩きながら、さっきの“ミサンガ風ブレスレット”に指をかける。
カチ、カチ。
(は? ……外れないんですけど?)
何度も試すが、びくともしない。紐の結び目が固いとか、そういうレベルじゃない。まるで手首に吸いついているかのように、離れないのだ。
「……おいおい、冗談だろ」
焦りながらも、ちょうど長袖のシャツを着ていたことに気づく。布で隠せば、なんとかバレないだろう。そうしてごまかすように袖を引っ張り、俺は教室へと足を踏み入れた。
その瞬間、昨日の数学のノートのことを思い出した。
(……そういえば安城に貸したままだったな)
(……絶対あの似顔絵見られたよな!?ちくしょう!俺の馬鹿やろう!!一体どんな顔してあえばいいんだよ!?)
俺はパニックで頭を抱える。
そして俺はある結論に至った。
(よし、何事もなかったようにしよう)
そう決心して教室に入り席に着く。
ちらりと視線を横にやると、本を開いていた安城が顔を上げる。その鋭いオッドアイが、ほんのりと俺をとらえた。
(あっ……きたきた。昨日のノート返さないと……ふふ、一体どんな反応するかしら?)
どうやら俺の反応が気になるようだ。
俺はそれに気づきもせず、自分の席へと腰を下ろす。
その瞬間。
「……え?」
安城の眉がかすかに動いた。
彼女の顔に、これまで見たことのない“戸惑い”が浮かんでいた。
(えっ…なんで心の声が……聞こえないの?)
まるで透明な壁が立ちはだかったように、俺の思考が遮断されている。安城にとっては当たり前の“雑音”――それが、俺からは完全に消えていた。
机の下、シャツの袖で隠した“あのブレスレット”が、じわりと熱を帯びている気がした。
それはまるで、俺だけに聞こえる心臓の鼓動のように、確かな存在感を主張していた。
――銀髪のオッドアイギャルとの出会い。
その瞬間こそが、俺たちの物語の幕開けだった。




