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第60話 推しは芸術、俺の魂がそれを叫んでる

俺の絵で、あんなに喜んでくれる子がいるなんて――

なんだか、不思議な気分だった。

蜂須賀の嬉しそうな顔を思い出しながら、俺は少しだけ感情に浸る。


(……まさか、俺の絵で、誰かを笑顔にできる日が来るなんてな)


その瞬間だった。頭上から、まるで雷のようにある発想が降ってきた。


(そうだ……推しの絵を描こう)


顔が自然と真剣になる。いつもならニヤついて終わる妄想だってのに、今だけは本気だった。


(俺の推し……安城恵梨香。あの可愛い、可憐さ、そしてたまに見せる照れ顔――すべてを芸術に昇華させるんだ!)


震える手を止めることはできなかった。

まるで運命に導かれるように、俺はスケッチブックを開き、鉛筆を走らせる。


(俺は……二次元の可愛さを三次元に連れてくる!)


教室の空気が一変したわけじゃない。けれど、俺の中だけで確実に何かが始まった――そんな感覚があった。


そして、その熱すぎる心の声は――当然、隣の席の彼女にも届いていた。


(誰が二次元よ)

(……神田くん、また変なこと考えてるわね)


ちらりと横目で見られる。冷たいようで、どこかあたたかい視線だった。

数学の授業中――


俺は軽快にノートを取る。いや、正確には“ノート”じゃない。

これはもう、キャンバスだ。芸術の祭典だ。


式なんてのは背景にすぎない。今の俺にとって、重要なのはXやYより――推しだ。


(……もう授業なんてどうでもいいや)


ペン先が走る。

だが、一つだけ――致命的な難点があった。


――隣の席の、安城恵梨香。

彼女の顔を、悟られずに観察する必要がある。


(たった数回ぐらいなら……チラ見してもバレないよな?)


だが、それが何度もになれば――確実にアウト。

俺は“変態”の烙印を押され、今後の尊き推し活に大ダメージを食らう。


(まぁ……バレなきゃなんとやらって言うし?)


俺は、そっと、チラッと視線を向けた。


――パッチリとした瞳。

――形の整った、プルンとした唇。


(ちくしょう!!……可愛すぎるだろ、マジで)


(いつか誰かのモノになるなんて絶対嫌だ!!)


その横顔だけで、理性が揺れる。

こんなんゲームだったら、絶対にチート扱いだ。


(くそっ……美しさの暴力かよ。運営はナーフしろっての)


俺は隅々まで安城の顔を観察した

顔はあくまで真剣にノートを取ってる風を装いながら、俺の心はすでに別の証明問題を解いていた。


「どうすればこの可愛いさを完璧に表現できるか」という、答えのない人生で最も難解な問いを――。


(……もぉ、この男、どれだけ私のこと好きなの?さっきから全部聞こえてるっての!)


(聞こえてないフリも大変なんだからね!?)


安城恵梨香は、ちらりと隣の席を見る。

チラ見どころか何度も何度も――その視線は熱を帯びていて。


(可愛いって……何度も何度も……はぁ、私全然可愛いくなんかないのに……ばか)


(今まで男の子にそんな事言われてこなかったわ)


ほんのりと、頬が赤くなる。

だけどそんな変化に、当の俺はまったく気づいていなかった。


――彼は今、キャンパス(数学ノート)に魂を込めていた。


(ダメだ……ダメだ……これじゃないッ!!)


(ちくしょう!自分の画力の無さを呪うぜ…)


ペンを止める。いや、握り潰す勢いだった。

シャーペンの芯も何度も折れ、しまいには本体自身も折れる勢いで描く。


(これが……これが俺の推し・安城恵梨香の可愛さだと!?)


ビリッ!


教室に響く、紙を破り捨てる爆音。

周囲の視線が一斉に俺を貫く。だが――関係ない。


(俺の推しの可愛さは、ビッグバンなんだよ! 宇宙なんだよ! こんな落書きで表現できるわけないだろ!?)


(銀河系の奇跡を、この手で描くんだ。俺は……ギャラクシーだ(?))


――推しの可愛さを、芸術として昇華する。

この“ノート”は、俺にとって聖なるキャンパス。


真剣そのものの顔で、神田ゆういちは静かに新しいページを開いた。


(最初に月面に立とうとしたやつの気持ち――今なら分かりそうだぜ?)


(……あんた、ほんとバカね)


恵梨香の心の声だけが、彼の想いにそっと重なっていた。


「……ダメだっ!!」


俺は頭に手を抱え、机に突っ伏した。


チラ見じゃダメだ。角度とか距離とか、そういう問題じゃねぇ。

推しの可愛さを余すことなくキャンバスに落とし込むには、**じっくり観察**が必要なんだよ!!


(このままじゃ、いつまで経っても完成しない……)


――そのとき、俺の脳裏に、ある秘策がよぎった。


(そうだ……あれがあった!)


俺は制服のポケットに手を突っ込むと、

中から小さな、折り畳み式の携帯ミラーを取り出した。


(ふっふっふ……これは最近、妹がくれた鏡だ。まさかこんな形で役立つとはな)


俺はそのミラーを筆箱の中にそっと仕込み、

角度を絶妙に調整。映せ、俺の推しを――!


――ミラーに映ったのは、斜め後ろ45度からの、パーフェクト安城。


(……これならバレないだろう?)


(いや、バレてますけど?)


隣から突き刺さるような視線。いや、“心の声”という名のツッコミ。


(あんた、もう私の顔見るために手段選ばなくなってるじゃない!)


だが俺は止まらない。


(推しのためなら……常識も倫理も、投げ捨てるッ!!)


正気か?と言われれば、もはや自分でもわからない。だが明らかに今、俺の中で何かが弾けた。


(……推しを描く。愛を描く。魂を描く!)


俺の手がペンを握る。目は鏡を、鏡は推しを捉える。


――こうして俺の数学ノート(キャンバス)には、また一枚、尊い愛が刻まれていった。


(ほんと……バカな人。でも……)


隣の少女は、ほんの少しだけ、笑みを浮かべた――。

俺は鏡に映る安城を見つめる。

筆を止めるのが惜しいほど、完璧なアングルだった。


――が。


(……あれ?)


鏡の中の安城と、視線が――バチンとぶつかった。


(……安城となんか、目、合ってね!?)


ヤバい。このままじゃ、推しの顔を描く変態が爆誕してしまう。


「やっべ……!」


俺はとっさに、鏡に顔をぐいっと近づけ――


「……あれ〜? コンタクトずれちまったな〜」


大根も真っ青な棒読みで、虚構の視力トラブルを捻り出す。


(もちろん俺はコンタクトなんてしてない)


隣の安城は何も言わない。ただ、じっとこちらを見ていた。


(ダメだ……終わった……推しに顔を向けられないんじゃ、描けるわけが……!)


俺は意気消沈しながら、鏡をそっと折り畳み、バックにしまい込んだ。


筆が止まる。思考も止まる。


だが、そのときだった――

桜が舞う、春の風景。教室の窓辺。真っ直ぐな声。


「――私は、あなたを笑わない」


あのときの言葉が、記憶から蘇る。


(……そうだ、俺は見られなくてもいい。感じればいいんだ。魂で――推しを!)


俺は眼を閉じた。想像を、記憶を、全ての情熱を筆に込めた。見えなくてもいい。あのときの“彼女”は、俺の中にちゃんと存在してる。


そして俺は、描ききった。


(……完成だぜ!!我ながらいい出来だぜ)


筆を置いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。俺は自身の作品を見て、完全に悦に浸る。

これはもう、数学のノートじゃない。芸術だ。愛だ。人生だ。


(へぇ……完成したのかしら?)


隣では、安城が“バレないように”ちらりとノートを覗こうとしている。ほんの少しだけ、頬が赤くなっている。


そんな事を知るよしもない俺は、

ノートを見つめながら静かに呟いた。


(よし……満足だ)


まるで長い戦いを終えた戦士のように、

俺はそっとノートを閉じた。

それを横目に見ていた安城は――


(……な、なによ……ちょっとぐらい見せなさいよ?)


(べ、別に見たいとかじゃないけど、気になるじゃない)


ほんの少しだけ目をそらしながら、そわそわと机をいじっていた。


──そして授業が終わり、帰宅の支度を整えたその瞬間。もう俺の頭には数学の授業の事なんか1ミリも覚えてはいない。そんな中安城が、俺に声をかけてきた。


「ねぇ? 私さ……数学のノート、ちょっと書き写せてないところがあって……見せてくれない?」


「え? あ、ああ……」


完全に記憶が吹っ飛んでる俺(馬鹿)は、一瞬たじろいだが――


(まあ、家帰って復習とかしねぇし、別にいいか?)


「いや……俺のノート、字、汚いぜ? それでもいい?」


「……うん」


その答えに、俺は何の疑いもなく、

――“安城恵梨香のドアップ似顔絵”が堂々と描かれたノートをそのまま手渡した。


安城はそれを受け取ると、何も言わずにすぐさま教室を後にした。


(……あれ? なんか急いでね? トイレ我慢してた?)


そんな間抜けなことを考えながら、俺は如月と一緒に下校の道を歩き出す。


「そういえばゆういちさ、今日の数学の授業、やたら真面目だったよね?真面目というか鬼の形相でさ…今日ほとんどノートなんかとらなくて良かったのに」


「え? そうだっけ? じゃあなんで安城……? ……あ」


その瞬間、脳内に電流が走った。

思い出した。思い出してしまった。


(うわあああああああああああああ!!!!!)


鼓動が跳ねる。

背中に冷たい汗がどっと噴き出す。

頭が真っ白になって、俺はその場に立ち尽くした。


「……終わった」


俺の人生、今、数学のノート一冊に滅ぼされた。


――その頃、安城の部屋。


「ふふ……ほんと、馬鹿ね」


ページに残された自分のデッサンを眺めながら、安城はスマホを取り出す。

パシャリ、と軽やかな音が響き、画面に保存されたのは――俺が描いた彼女の似顔絵。


「あの男……明日、どんな顔を見せるのかしら?」


窓の外から差し込む夕焼けの光が、彼女の横顔を赤く染めていく。冷たく見えるその瞳に、ほんのりとした赤みが宿っていた。


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