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第6話 夢は重たいのに、現実の妹は甘すぎる

「ごめん、ゆういちとは付き合えない。」


冬の空気は冷たく澄んでいるはずなのに、その瞬間だけ、世界が歪んで見えた。


体育館の裏――放課後、勇気を振り絞って呼び出した場所で、ピンク色の髪がふわりと揺れた。


まるで、俺の想いなんて――最初から存在していなかったかのように。それは、優しさの仮面をかぶった残酷な拒絶だった。


希望の絶頂から、奈落の底へ突き落とされるような感覚。鼓動が跳ね上がり、呼吸が乱れ、膝から力が抜けていく。


気づけば、俺は地面に手をついていた。

空が歪んで、世界が傾く。


(なぁ…愛理、なんであの時、笑ってたんだ?)


その問いすら喉に詰まり、声にならない。


──そして、目が覚めた。


「またこの夢かよ……俺は一体どれだけあいつの事を引きずってるんだよ……まったく情けねぇな。」


ゆっくりと天井を見上げ、長く息を吐いた。


……もう、何度目だろう。


最初は月に一度だった。

それが最近では――週に二度。


忘れようとしても、逃げようとしても、

あの瞬間だけは必ず夢の中に忍び込んでくる。


まるで俺の心の奥底で、

**“忘れるなよ”**と誰かが監視しているみたいに。


俺の時間は、ずっとあの日から止まったままだ。


どれだけポジティブな言葉で自分を奮い立たせても、

テンションが爆上がりする音楽を流してみても、

結局はまた――同じところに戻ってしまう。


何度気持ちを持ち上げても、

しばらく経てば、必ずこの惨めな感覚に落ちていく。


まるで、心が勝手に“過去”へ引き回されているみたいに。この苦しみから何度逃げようとしても、結局は同じ場所に引き戻される。


もがいても、叫んでも、逃げられない。そんな夢の中に閉じ込められている感覚。


初恋の女の子に振られた記憶――本郷愛理。

もうとっくに忘れたつもりだったのに、どうして今でも夢に出てくるんだろう。


(……よっぽど、トラウマなんだな、俺……)


額にはじっとりとした汗。Tシャツが肌に張りつく感触が不快だった。


(……風呂でも、入るか)


重たい気分を払いのけるように、体を起こそうとした――そのときだった。


右肘あたりに、ふわりと柔らかい感触が触れる。

……マシュマロ? いや、違う。これは、知ってる。わかってる。


この感触は――


「……なにしてんだよ、姫花」


俺の声に反応するように、ツインテールの黒髪がふわりと揺れた。ぼんやりとした表情で目を擦りながら、妹・神田姫花が布団の中からひょっこり顔を出す。


「おはよう、お兄ちゃん」


声色は甘くて、どこかあざとい。

だけどその仕草には、年齢以上の落ち着きがにじんでいた。中学一年生にして、この“大人びた空気感”は何なんだ。天性の妹力ってやつなのか?


(てか、俺と姫花って、ほんとに兄妹か?……全く似てねぇけど……)


ぼんやりと天井を見上げながら、そんな考えが脳裏をよぎる。


(いや、こういうのってラブコメ漫画の世界なら“実は血が繋がってない”みたいな王道展開があったりするけど……いや、さすがに漫画の読みすぎか…)


自嘲気味に息を吐いて、重たい身体をベッドから起こす。

そのタイミングを見計らったように、眠たげな目を擦りながらぽつりとつぶやいた。


「……朝ごはんできたから、呼びに行ったんだけどね。にぃに、うなされてたからさ……

なんか心配になって、そのまま隣で寝ちゃったの」


――え、なにこの生き物。

さすがに、あざとすぎるんですけど……?


無防備な寝起き顔に、上目づかい。

ちょこんとシーツの上で正座している姿は、どう見てもあざとさ全開の“妹キャラ”だった。


あまりにも天然にぶち込んでくるもんだから、俺は言葉を失って固まってしまった。


神田姫花――俺の妹。

小さい頃、母さんが亡くなってからは、父さんと三人で暮らしていた。けど、父さんは有名な格闘家で、今は世界を飛び回ってる。帰ってくるのは年に数えるほど。


だから、家の中は――ずっと俺と姫花の二人きりだった。


寂しくないわけがない。

だけどこの子は、そんな素振りを一度も見せたことがない。いつも明るくて、元気で、無邪気で……あざとくて。


(……だからこそ、俺は絶対決めてるんだ)


どんなことがあっても、俺が守る。

この家で一番小さくて、一番大切な存在――

妹・姫花だけは、俺が守り抜くって。


俺は朝食と着替えを済ませ、玄関で靴ひもを結んでいると――


「いってらっしゃい、にぃに!」


キッチンから玄関までわざわざ見送りに来て、妹の姫花が笑顔で手を振っていた。


その笑顔は、まるで朝日に照らされた花のように眩しくて――

どこか、胸をくすぐる。


妹は中学三年生。

可愛くて、あざとくて、でも不思議と“大人びて”いて。


きっと学校じゃ、男子からも女子からも人気者。

廊下を歩けば振り返られ、下駄箱には手紙が入ってて、

中には「ファンクラブ」なんてふざけたものもあったりして。


そんな妄想をしながらも俺は、心の奥で決意する。


――どこの馬の骨かもわからないやつに、姫花は絶対に渡さねぇ。


おそらく、娘を持つ父親はこんな気持ちなんだろう。


(ちくしょう!!悔しいから絶対、君にお父さんって呼ばれる筋合いはないね!って言ってやる!せめてもの抵抗だ!)


いつか、俺の妹は――どこの馬の骨かも分からない男に“取られて”しまうのだろうということを。


それが当然の未来だとしても、今はまだ俺の隣にいる“世界一の妹”を、どうしても手放したくなかった。


そんな想いが胸にこみ上げてきて、俺は――

いつもなら絶対にやらない行動に出た。


「……今日も俺の妹は、世界一可愛いぞッ!!!」


勢いのまま、姫花の腰に手を回し、そのまま“たかいたかい”みたいに抱き上げる。

その瞬間、ぴくっ、と反応した姫花は、頬をほんのり赤らめて口を尖らせた。


「……ふぇ!? は、へ? な、なによもう……どしたの急に……もうバカな事してないではやく降ろして!!」


さっきまでの大人びた様子は嘘の様に慌てたように言い返しながらも、俺がドアを開けて外に出ると──


窓辺から、まだこっちをじっと見ていた。

その視線は、まるで見守るような、包み込むような――そんな、あたたかさに満ちていた。


……じゃあ、今日もいってきますか。



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