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第59話 蜂須賀澄玲は誤解している

「あの……ちょっと、いいでしょうか?」


教室の空気が、ふっと止まった気がした。

俺の席の前に立っていたのは――蜂須賀澄玲。

この前の“事件”以来、完全に目を合わせてくれなくなった彼女だ。


正直、話しかけられるなんて思ってもいなかった。


(おいおいおい、マジか……完全に嫌われたと思ってたんだけど!?)


彼女は手をもじもじさせながら、今にも逃げ出しそうな小動物みたいな目で、俺を見てくる。

……これが、いわゆる“守ってやりたくなる”タイプってやつなのか。

くそ、反則だろ。普通に可愛い。


ただ、問題はそこじゃない。

どうやら俺は、とんでもない誤解をされている。


美術の時間。

突然の突風で、思わぬ出来事が起きた。

あの瞬間、彼女は「見られた」と思い込んでしまったらしい。


実際には、そんなつもりはなかった。

でも、違うと証明する方法なんて、どこにもない。


(ちくしょう……もう怖ぇよ……)


隣の席から、なにやら低い気配を感じる。


(……あんたねぇ)


視線は感じる。いや、突き刺さってる。

もはや見るまでもない。安城だ。あの美人ギャルの隣人が、絶対今、俺のことを軽蔑の眼差しで見ている気がする。


そんな中、蜂須賀がようやく口を開いた。


「あわわわ……先日の……美術のデッサンの……作品、返却されたと思いますが……っ」


(あ……あれか……)


思い出した。

あの時、彼女を――少女漫画のヒロイン風に全力で描いた、あの問題作だ。


「あー……うん。返してもらったぜ?」


(普通にC評価だったけどな?)


(なんか先生からコメントあったけど、どうせ説教コメントだし見てねぇわ)


自分でも驚くほど平静を装って答えた。

が、内心は汗だくだ。


(え?まさか……“クレーム?”とか?)


(不愉快すぎて凸って来たとか!?)


不穏な空気が、じわじわと俺の背中を這い上がり背中に汗が流れ落ちる――。


「あの……あれ……もしよければ、私に譲ってもらうことって、できますか?」


蜂須賀澄玲が、恐る恐る手を差し出してきた。


(あわわわ……恥ずかしいです。やっぱりガメツイ女って思われてるよね!? でも、でもあの絵……どうしても、忘れられないの……!)


顔を真っ赤にして震える彼女。俺の不安は杞憂だったことに気づき、そんな彼女の“勇気”に対して――俺は、堂々と上から目線でドヤ顔をキメた。


「おぅ、いいぜ。こんな絵でよかったら、喜んで渡すよ。ただし――条件付きな」


ビシッと決めポーズを取る俺。


「じょ、条件……ですか?」


(あわわわわ条件って、もしかして……!? あの絵を渡す代わりに、“私の大事なものと交換しよう” 的な……!? そ、そんなアレですか!?)


(神田ゆういち――見た目は普通、でも実は善人風の鬼畜。人畜無害を装った性癖モンスター!?)


(私が彼に渡せる“大事なもの”って……な、なにを言わせる気ですか!? ほんとにもう、変態!変態です!)


その過剰な被害妄想は、なぜか隣の席にまで届いた。


(この子……凄まじい被害妄想ね)


安城は腕を組んで、じとっとした目で蜂須賀を見ている。


(……断らないと……“それはあなたにはあげられない”って。そういうのは……好きな人とするものでしょ?)


蜂須賀が恐る恐る、何かを言おうと口を開いたその瞬間。


「――昼飯、一緒に食おうぜ」


俺は、何気ないふうに、でも真っ直ぐに言った。


「安城と聖と、いつも三人で食ってんだけどさ。今日からでも一緒にどう?」


一瞬、蜂須賀の目が大きく見開かれた。


(……ほぇ?)


驚きと安堵と――少しだけ、胸がじんわりする気持ちが、彼女の中に広がる。


(どうしてもな……)


心の中で、俺は思っていた。


(放っとけねぇんだよ。あいつ、姫花に……妹に、ちょっと似ててさ)


(安城は前に言ってた。“一人でいる方が幸せな人間もいる”って。でも――それでも)


(それでも俺は、見て見ぬふりなんて、できねぇんだよ!)


(これは同情なんかじゃねぇ。俺が俺のために俺の都合で蜂須賀と昼飯を食べたいんだ!)


「もちろん、嫌なら無理にとは言わねぇ。気が乗らなきゃ、全然いいから」


そう言って、俺は照れ隠しのように肩をすくめた。


蜂須賀澄玲は一瞬うつむいたあと、ぽつりと呟いた。


「……行きます。一緒に、食べたいです」


その声は震えていたけど、どこか嬉しそうだった。この心の声は――しっかりと、隣の安城にも届いていた。


(……あんた、本当にお人好しね)


ぽつりと、心の中で呆れたように呟きながらも、安城の表情はわずかに緩む。

机の下で足が小さくパタパタと動いているのは、彼女なりの「照れ隠し」だろうか。


「わ、わかりました……今日の昼休みから、お邪魔します……」


蜂須賀は視線を下に落とし、顔を見られないようにそっと言った。


「おう。歓迎するぜ」


俺は、あのデッサンの絵を彼女に差し出す。

蜂須賀はペコッと頭を下げて、お礼を言うとそそくさと席に戻っていった。


(あわわわ……うれしいです……)


席に着いた蜂須賀は、もう一度、そっとあの絵を机に広げた。

小動物のような動きで、静かに、宝物を扱うように――


(……私も、いつか……こんなふうにキラキラした人に……)


そこまで考えたところで、右下のコメント欄に目がいく。


それはどうせ説教だろうと決めつけて、ろくに見もしなかったコメント。


「青春だね!大切にしなよ!彼女さん♡」


(あわわわわわわわわっ!?)


突然、蜂須賀の心に雷が落ちる。


(ち、ちちち違います! 先生! 彼女じゃないです! そんな関係じゃないですっ!!私は神田君に罰ゲームで告白されるだけなんです!!)


でも。


(……けど……)


ほんの少しだけ、視線を後ろに向けて、蜂須賀は小さな声で呟いた。


「それまでは私を……大切にして、くださいね……」


(ああああああ!? わたし今、何言ったの!?)


自分の口からこぼれた言葉に真っ赤になって、蜂須賀はガバッと机に顔を伏せる。


――そのタイミングで、チャイムが鳴った。


「……次、美術だっけ?」


「ううう……私だけ別の授業でいいですか……」


蜂須賀のぼそっとした願いは、誰にも届かずに消えていった。

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