第53話 転校初日、俺はヒロインに“忠犬”にされた
「ねぇ?そろそろ行かない?」
本郷が小首を傾げて俺を見る。
「今ちょうど一時間目の途中ぐらいだし、学校に着く頃には休み時間になって、いい感じになってると思うの」
──いや、いい感じどころか、俺の中学生人生の終わりを見据えてるんだが。
ギリギリ間に合いそうな登校中、運悪くヤンキーの上級生に絡まれ、顔は傷だらけ、制服はボロボロ。そして遅刻。そう、俺の転校先の中学生活はほぼ完全に終了したのだ。
「……最悪だ」
俺はこれから始まる中学生活を諦め、痛む身体を引きずりながら、隣にいる張本人──いや、原因のひとり──本郷の顔を見た。
「そういえばさ、神田君ってクラスどこ?」
「2年A組だけど?」
「えっ、私も2年A組なんだけど……神田君なんて見たことないよ??」
……そりゃそうだ。
俺は転校生で、今日がその“はじめまして”なんだから。
「俺、転校生。今日が初日だよ。……まあ、もう完全に遅刻だけどな」
そう言いながら、俺は言葉に少しだけ棘を込めた。
──遠回しにお前のせいでな?というニュアンスを、気づかれるか気づかれないかギリギリのラインで。恐らく彼女はそんな皮肉は一切届いてはいない、むしろ満面笑顔でピースしながら
「大丈夫!私に任せて!!君が私を助けてこうなったこと、ちゃんとみんなに話しておくからさ!」
本郷の言葉は、まるで魔法のようだった。
俺はもうダメだと思っていた転校初日。
けれど、その一言で――世界が少しだけ、優しく見えた。
その後、俺たちはたわいもない雑談をしながら、ゆっくりと学校へ向かった。
――地獄に向かうような道のりが、ほんの少しだけ、マシに思えた。
***
「はーい!みんな〜!休み時間中にごめんね〜。転校生紹介しま〜す!」
明るく軽いノリの先生の声が響く。
「今日からこのクラスに来た神田ゆういち君。神巫中学からの転校生です」
ガラガラ……
教室の引き戸を開ける音が、妙に大きく響いた気がした。第一印象は既にもう詰んでる、頼みの綱は本郷のフォローしか期待できない。
(……くっそ、こうなったら…頼むぜ?本郷)
俺は教室に一歩踏み出す。
次の瞬間――
教室中の生徒たちの視線が、俺に集中した。
「えっ……」「なんかあいつボロボロじゃね?」「ケンカでもしてきたの?ヤンキーってやつ?」
無理もない。
顔には絆創膏、制服は泥だらけ、髪も乱れてて目つきも死んでる。
――どう見ても文字通り"痛い奴"だ色んな意味で
(あーもう終わった……さよなら俺の中学生活…)
だがそのとき、
席から勢いよく立ち上がった人物がいた。
「――あっ、あれ??君は!!」
え、まさか……?
「さっき私がヤンキーに絡まれてたとき、助けてくれた男の子だ!!」
(おいおいおいおい下手くそな芝居だな……)
「傷だらけになりながらも私をかばってくれて、私、超感動したの!!」
クラスがざわめく中、本郷は満面の笑みで、さらにトドメを刺す。
「ヤンキー上級生にボコボコにされてもやり返さないんだよ?“なんで殴らなかったの?”って聞いたら――」
小さく咳払いして、彼女は俺のセリフを堂々と再現した。
「『クソを殴ったら手が汚れるだろ?しかも遅刻寸前だったから、手洗う時間ねぇんだよ』って――!もう!めっちゃカッコつけなんだから!」
(うわぁぁあああああああ!!!!?!?!?)
(こいつやりやがった?何がフォローするだよ?普通に俺の人生の黒歴史更新したんですが?)
でも――
その嘘くさい、クソみたいな芝居のおかげで、俺の第一印象は“完全な地獄”から“ちょっと痛い厨二病”くらいにランクアップした。
(……ランクアップしてるのか?)
(まあ…でもみんなから怖がられるよりマシだわな)
俺は小さく、本郷に頭を下げた。
彼女はニッと笑って、小さくウインクを返してきた。
「じゃあ神田くんは……どこの席にしようかしら~?」
先生が教室を見渡しながら、俺の席を探す。
(どうか、どうか、目立たない場所を……!)
心の中で全力で祈る。
もう目立ちたくなんてない。十分すぎるくらい、注目は浴びた。
だが、その願いは――
「――あっそうだ!仲良しみたいだし、本郷さんの横に座ろっか!」
(……おい、やめろ、先生。それだけは本当にやめてくれ!!)
その瞬間、本郷が「待ってました」とばかりに勢いよく立ち上がる。
「わーい! わんちゃん、こっちこっち〜!こっちー!ハウスだよっ!は・う・すっ⭐︎」
(…………え?)
ピンク色のふわふわロングヘアがふわりと揺れながら、本郷は俺のことをペット扱いで呼び寄せてきた。
「おいでおいで〜ここここ〜♪」
ペチペチッと、横の空いている席を叩きながら、ニッコニコの満面の笑み。さっきの“芝居”で全校生徒はちょっと痛い厨二病転校先でギリギリ落ち着いたのに、ここにきてわんちゃん扱いしやがった!!!
(……勘弁してくれ…これ以上の属性はいらない…)
俺は顔から火が出そうなほど赤くなりながら、
まるで忠犬のように――いや、強制的に飼い犬ポジションにさせられて、
トボトボと席に向かうのだった。
(……くそ、何がハウスだよ?ちくしょう!!!)
それでも、本郷は心底楽しそうだった。
まるで――俺をからかうのが、生き甲斐みたいに。
(……こいつ、絶対ドSだ)
そのまま席に向かい、カバンを机の横に引っ掛けて腰を下ろす。
と、その瞬間――
「ん?」
前の席の男が、椅子ごとくるりと振り返った。
「こいつ?変な奴だろ? ――でもまぁ、気にすんなよ。俺の幼馴染なんだ」
いきなりのフォローに面食らう。
けど、それ以上に驚いたのは――
その顔立ちだった。
整った輪郭、涼しげな目元。モデルでもやってそうな高身長。
こんな奴が中学に実在するのか?ってくらいの“完璧”だった。
「わりぃ、自己紹介遅れたな。俺、真田蓮也!よろしくな、神田!」
自然な笑顔で、気さくな声。
この瞬間、確かに俺たちは“友達”になった。
……けど、知らなかった。
この蓮也が――
のちに、俺の“初恋の相手”を奪う恋敵になるなんて。
そしてこの日が、
俺と“元・親友”の、運命の始まりだったなんて。




