第23話 推しが俺の横で寝てるんだが!?(物理)
――人生で一番、心臓に悪い夜がきた。
なぜかって?
いま俺の隣に――
安城恵梨香(推し)が、添い寝している。
いやいやいや、状況どうなってんの!?
こっちは心臓バクバク、顔面真っ赤。
一方で、本人はすうすうと寝息を立てて、まるで何事もなかったかのように静かに夢の中。
……これ、夢?バグ?幻覚?異世界転生の前兆?
──話は、少し遡る。
「家に連絡しなくて大丈夫か?」と俺が聞くと、安城は涼しい顔でこう言った。
「一人暮らしだから。問題ないわ」
その一言に、隣の姫花が目を輝かせる。
「ひ、一人暮らし!? 大人っぽいっ!」
「いやいや……でも女の子一人ってのはさ、なんというか……か弱いし――」
(いや…か弱くはないか?)
その瞬間、安城からギロリと刺すような視線が飛んできた。
(あれ?……ばれてる?そんな訳ないよな?)
その後、姫花が「一緒にお風呂入ってくるね〜♪」と安城を引っ張っていった。
──俺はというと。
「……湯、全部抜けてるじゃねぇか……!」
一滴の希望も残ってないバスタブに、俺は絶望した。テレビをぼんやり見ていると、姫花が嬉しそうに言った。
「そうだ!お隣さんからチョコもらったんだ〜。安城さん、甘いの好き?」
その瞬間、安城の肩がピクッと反応。
(……あ、好きなんだ。かわいい……)
開封されたのはちょっと大人向けのチョコ。俺は一口でギブアップ。
「これは……無理……甘すぎて、なんか……ダメだわ……」
だが安城は違った
「……おいしいわね、これ」
もぐ、もぐもぐ、もぐもぐもぐ――
止まらない手と、無表情で次々とチョコを口に運ぶ姿に、俺は思った。
(……ギャップ萌えって、これのことか……!)
それぞれが寝室に入り、俺も自分の部屋で布団に潜った。
(……推しが、同じ屋根の下にいる……!)
心拍数は天井知らず。もう無理だ。絶対に寝れない――
と思っていた。
──だが、眠っていた。
「……トイレ……トイレ……」
寝ぼけ眼の安城が、ふらふらと起き上がり、トイレを目指す。
(……ここ、神田くんの家だったわね……)
眠気で朦朧としながら、感覚だけを頼りに歩く。
「……電気……つかない……」カチ、カチ。
何度押しても反応しないスイッチ。
(……もういいわ……)
真っ暗な中を“勘”で乗り切ったその足取りが──
自分の部屋と“思い込んでいた”俺の部屋へと、向かった。スライドドアの感触が、いつもの部屋と似ていた。それが致命傷だった。
するりとドアを開け、するりと布団へ滑り込む。
(……あったかい……おやすみなさ……)スヤァ……
「まてぇぇええ! ダブルミックスゥ!」
夢の中でソフトクリームを追いかける俺。
――ガサッ
寝返りの先にふわっと柔らかくて、あったかくて、いい匂いのする“何か”が。
(……え?なにこれ?)
視界がはっきりするにつれて、俺の心拍数もはっきりしてきた。
パッと目を開けると、そこには――
金髪。オッドアイ。寝息。安城恵梨香(推し)。
「……安城ぉぉぉおおおおお!!???」
俺の魂が、音を立てて悲鳴を上げた。
(なに!?どうして!?マジで!?え!?これは!?やばいやばいやばい!!)
その心の声は――
横で寝ていた安城にも、しっかり届いていた。
(……ん……え……ここ……どこ……)
意識が戻り、隣にいる存在に気づいた瞬間。
(……私の、ばか)
月明かりに照らされた安城の頬が、ほんのり赤く染まっていた。その横顔は、まるで童話のお姫様みたいに綺麗だった。




