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第21話 白いワンピース姿の推しが、尊すぎて正気を失った

(うわっ……人、多すぎ……)


休日のショッピングモールは想像以上に混んでいて、俺――神田ゆういちは、すでに人混みに酔いそうだった。

圧倒的なインドア派の俺にとって、この状況は普通に罰ゲームといっても過言ではない。


「お兄ちゃん、こっちこっち〜!」


無邪気にはしゃぐ妹・姫花。今日は彼女の服を買いに付き合っている。


「お兄ちゃん、もっとテンション上げて!買い物は楽しまなきゃ!」


「いや、流石にこの人の多さは……」


俺は正直、人混みが、大嫌いだ。

ただでさえ疲れるのに、なんでわざわざ自分から疲れに行くのか、本当に意味がわからない。

すれ違う人の波。押し寄せる騒音。正直もう帰りたい。


けれど、世の中にはいるらしい。

この雑踏すら「活気」と呼んで楽しめる、特殊な人種が。まるで理解できない。いや、したくもない。


(落ち着け……神田ゆういち……我が最愛の妹の笑顔のためだ……ここは我慢だ。)


そう心でつぶやきながら、俺はそっとため息を吐いた。そんな俺に姫花は、満面の笑みで俺にささやく。


「姫花ね、可愛い服ほしいから一緒に選んでよ!」


「いや、もうすでに可愛さ100点満点でカンストしてるんだから、可愛い服なんていらないだろ。

これ以上点が上がらないって……100点より上を目指すとか、どんだけ向上心高いんだよ……」


俺はわりと真面目なトーンで言いながら、姫花を軽く茶化した。


姫花は顔を真っ赤にして、慌てたように反論する。


「は、は!?……もう、にぃにったら!

そんなに褒めても、なにも出ないよ!」


「いや、ただでさえ、既に可愛いのに、これ以上可愛いくなってしまったら他の子達と差が広がって可哀想じゃん?これは警告なんだよ、妹よ、だからさ………もう家に帰らないか?」


「にぃに、早く行くよ」


どうやら俺の早く帰りたい気持ちが見抜かれたようだ。さっきまでの照れは完全に消失していた。


そんな流れで、肩を組まれ、半ば強制的に入ったのは──

レディース専門店だった。

完全に場違い。けれど姫花は楽しそうで、俺はただ黙って後ろをついていく。


──そんな時だった。


店の奥、マネキンの隣に飾られた白いワンピースに目が留まった。


(……これ、安城が着たら絶対かわいいよな?……)


つい、心の中で妄想してしまった。

金髪にオッドアイの推しヒロイン。

ふわりと揺れるスカート、陽だまりの中で微笑むその姿に――

俺はもはや店内ではなく、完全に妄想の世界にいた。


(いや待て待て、てか、俺休日まで推しのこと考えてんの?バカじゃん俺……)


(でも……安城の白いワンピース姿を100点満点中で採点すると10万点ってところだな)


そんな推しに関して超絶インフレしてる俺は白いワンピースの値札を裏返して確認する。


(なるほど……1万円か……買えないことはないな?)


(いや、待て……安城の白いワンピース姿が10万点で、このワンピースの値段が1万円……)


(……ってことは、9万円得してるんじゃないか? 実質、儲けてるじゃん俺!!)


(………大丈夫なのか? この店)


頭の悪い俺が、この店の経営状態まで心配し始めた、そのとき。

姫花の驚いた声が聞こえた。


「――あれ? 安城さんだ!!」


突如、隣を歩いていた姫花がぴょんぴょんと跳ねて、声を上げた。

次の瞬間、手を大きく振りながら、人波をかき分けて駆け出していく。


「あ、姫花……おい、ちょっ、急に走るなって!」


(………俺も急いで行かないとな……)


止める間もなく、姫花はすでに俺の“推し”のもとへ一直線。

そして――それについていく俺。


「待って!安城さーん!」


その声に気づいたのか、前方で立ち止まり、振り返ったのは――

俺の推し、安城恵梨香だった。


靡く金髪と、幻想的な瑠璃と琥珀のオッドアイ。

俺は人生で初めて、人ごみの多いショッピングモールが好きになった。


「……姫花ちゃん、こんにちは」


黒のトラックジャケットに、スリムなデニムパンツ。

普段の制服姿とは違い、動きやすそうで、それでいて洗練されたスポーティーな雰囲気を纏った彼女が、そこに立っていた。


肩口で揺れる金髪と、そのスタイルに自然に馴染むシンプルな装い。

派手なはずなのに、不思議と街の喧騒に溶け込んでいて――それが余計に目を引く。


(……あれ? この服装、昔……どこかで見たような……?)


胸の奥に、小さな引っかかりが生まれる。

記憶の扉をノックされている感覚なのに、肝心な鍵が見つからない。


思い出せそうで、思い出せない。

そのもどかしさだけが、妙に生々しく残った。


(……いや、気のせいか?)


そう自分に言い聞かせながらも、

俺の視線は、無意識のうちに彼女から離れなくなっていた。


そんな推しに見惚れて、正気をすっかり失っていた俺に、姫花が話しかけてきた


「うわぁ……安城さんの私服、初めて見た!!」


姫花が、目を輝かせながら安城に近づいていく。


「かっこいい系なんだね!? でも安城さんなら、もっと女の子っぽい服装も絶対似合うと思うんだけどな〜!」


その言葉に、安城はほんの一瞬だけ目を伏せてから、ぽつりと口を開いた。


「……私、そういうの……似合わないの」


少しだけ寂しげに、でもどこか吹っ切ったような声だった。


「剣道、ずっとやってきたから。なんか、そういう可愛いのとか、ずっと縁がなくて……」


安城の言葉に、姫花が「そんなことないよ〜!」と明るく返すその隣で、なぜか俺も――気づけば、口を開いていた。


「いや、絶対似合うだろ?」


その言葉が自分の口から出たとき、思わず内心で驚く。


(……え? 今の、心の声じゃなくて……俺、口に出してた!?)


いつもなら、こんなセリフは心の中で“推し活”としてつぶやくだけなのに。

けど、もう止まらなかった。言葉が勝手に、前のめりにあふれてくる。


「むしろ、安城が似合わなかったら誰が似合うんだよ。

そんな誰にも似合わない服があるなら、もう服のほうが悪いだろ」


「顔、めっちゃ可愛いし。何着ても絶対似合うと思うぞ」


その瞬間――彼女は目を見開き、頬をぱっと赤らめた。


「……っ!?」


安城の頬はみるみるうちに赤く染まり、視線は宙を泳ぐ。

そして口元は、抑えきれない感情を堪えるように、小さく震えていた。


(あ、やばい。完全にやっちまった……怒らせたか?)


――でも、俺は止まらない。

自分の専門分野に立ったオタクを、舐められちゃ困る。


俺は、さっき見かけた白いワンピースのことを思い出し、口を開いた。


「そういえばさ、安城が着たら、すっげー似合いそうな白いワンピースがあったんだよ」


勢い任せで、まるで店員のセールストークみたいに、言葉がやけに流暢に出てくる。

気づけばそこには、アパレル店員“神田ゆういち”が降臨していた。


「良かったら、試着してみないか?」


普段なら、服を買うときに話しかけられるのすら御免な俺だが、そんなことはお構いなしに提案する。

自分で言いながら、顔が熱くなるのを感じた。

でも――


彼女は、それを断らなかった。

それどころか、驚くほど――まんざらでもなさそうな表情をしている。


もしかして……いや、実は。

少しくらいは、可愛い服にも興味があるんじゃないだろうか?


目を伏せ、ほんの少しだけ頬を赤らめ微笑みながら、ぽつりとつぶやく。


「……わかったわよ。

でも……似合ってなくても、笑わないでね?」


その声は、どこか恥じらいを含んでいた。

俺は神に誓うような気持ちで、目の前の女神に向かって力強く頷いた。


(当たり前だ。似合うのはもはや確定なんだから……)


――むしろ、問題はそこじゃない。


(似合いすぎて……俺の顔が、スケベな顔にならないかだけが心配なんだよ……!!)


叫びたい気持ちを押し殺しながら、俺は内心で自分を叱った。推しがワンピースを着る――そんな尊すぎるイベントが、いま、目の前に迫っていた。


そう言って、安城は試着室に向かった。

カーテンが閉まる。

その場に、急に静寂が降りた。


(……ヤバい楽しみすぎる。緊張して俺の心臓の音がうるさい……!)


カーテンが――ゆっくりと開く。


「……ど、どうかしら……?」


恥じらいを含んだその声とともに、視界に飛び込んできたのは――

白いワンピースに身を包んだ、“推し”。

いや、もはや純白の女神そのものだった。


金髪にオッドアイ。

普段はクールな“剣姫”のイメージが強い彼女が――

いまはまるで、

童話から抜け出してきたお姫様のように、そこに立っていた。


「……安城……めっちゃ、可愛いよ……」


俺はおそらく、だらしない顔をしながら、

本来なら心の中だけに留めておくはずだった言葉を、うっかりもらしてしまっていた。


(もう……なんなのよ……この男……)


いつもなら“心の声”で留めておくはずの俺が、

今日はどうかしてる。


「やばい……想像を遥かに超えてる……」


「10万点なんかじゃない……これは、100満点だ……実質99万円得している。本当に大丈夫なのか?この店は。」


「なに言ってるのよ?アンタ」


安城の冷静のツッコミを前にしても俺は、止まらない。

今日の俺には、ブレーキなんて最初からついてなかったらしい。


ついているのは、アクセルだけ。

心の声が、全部、言葉になって零れていく。


そんな俺の暴走(?)を前に、安城は顔を真っ赤にしながら、ぷいっと視線を逸らす。


(も、もう……なによ、“可愛い”って……)


──やがて、試着が終わり。

安城は、静かにワンピースをラックへ戻す。


「……やっぱり、私には似合わないわ。ごめんなさい」


その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。


(いやいやいやいや、何言ってんの!?)


誰がどう見ても、似合っていた。

いや――“似合っていた”なんて言葉じゃ足りない。


普通に、伝説級だった。

マネキンなんかより、よっぽど安城が着て歩いたほうが販売促進になると思う。


「……そんなことないって……」


もっと見ていたかった。

もっと、笑ってほしかった。


……なのに、もう“純白の女神”は見納めのようだった。


けれど安城は――


「いいの。今日は……着れたただけで、充分だから………」


その言葉は、どこか照れくさそうで――でも、どこか嬉しそうだった。


(……安城、やっぱり、興味はあるんだ。可愛い女の子らしい服)


それを見せる勇気が、ほんの少しだけ芽生えただけ。その“勇気”を俺に見せてくれたのが、なんだか無性に嬉しかった。


そして――


「お兄ちゃん〜! これ買うのに決めた〜!」


姫花が、満面の笑みで戻ってくる。

買い物を終え、帰ろうとした――その時。

我が最愛の妹は、とんでもない爆弾を落とした。


「ねぇ、安城さん。今日って暇?よかったらこのまま、うち遊びにない?」


「えっ?」


安城が思わず目を丸くする。

……俺は、内心で思わず叫んだ。


(でかした、妹……!!)


人生で初めて、妹に感謝のガッツポーズを捧げた日だった。

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