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第19話「推し活したい男子高校生、グッズを作ろうとして玉砕する」

休み時間が終わり、お手洗いから戻ってきた安城恵梨香は、教室の扉を静かに開けた。


すると──


「……ん~、どうしたものか……」


なにやら深刻そうな顔で考え込んでいる男子が一人。席に座り、眉間に皺を寄せて悩みの渦に沈んでいるその姿は、まるで“世界の存亡を左右する決断”を迫られているかのようだった。


(……神田裕一が、真剣に考え込んでる?)


安城はチラリと視線を向けたが、表情には一切それを出さず、無関心を装って自席へと腰を下ろす。だがその心の中には、ほんの少し──ほんの、ほんの少しだけ、興味が芽生えていた。


と、その瞬間。


(……俺は、推し活をしたい)


彼の“心の声”が、静かに安城の耳へ届いた。


「……は?」


思わず口に出ていた。あまりにも意味不明な心の叫びに、反応せずにはいられなかった。そんな事はお構いなしにゆういちの心の声は続く。


(昨日テレビで、街頭インタビューを見たんだ。『あなたの幸せは何ですか?』って質問に、ある人が笑顔で答えてたんだよ。“推し活ですかね”って)


(その顔が……すっごく幸せそうだったんだよ)


裕一の心の声は続く。


(汗水垂らして稼いだ金を、誰かのために使う。自分の幸せのために、推しを全力で応援する──あの姿に、俺は感動した。あれはもう、生き様だ。魂の活動だ。俺も……やりたい! 推し活!!)


安城は無表情のまま、ミルクティーの缶を取り出してプシュッと開けた。


(……そう。勝手に誰かの推し活やればいいじゃない。私には関係ないわ。)


そう思った、そのとき。


(さて……どうやったら安城のグッズを手に入れられるだろうか)


「はあっ!?」


思わず吹きかけた。ミルクティーの甘い香りが鼻に抜ける。


(何考えてんのこの男!?)


(この世のどこに、私のグッズがあるっていうの!?)


「馬鹿ね……ほんと、馬鹿」


当然ながら、そんなもの存在するはずがない。

だが。


(売ってるはずがない。なら……作るしかない)


「はあっ!?」


思わず再び声が漏れる。


(グッズといえば……ポスター? マグカップ? ブロマイド……?)


本気で検討してやがる。どうしてそんなに真剣なんだ。安城は額に手を当てた。今この瞬間、自分の隣の席には“新時代の狂人”が座っている気がしてならない。


(でも……写真が、ないな)


そこで裕一はふと立ち止まる。


(写真……頼むか? いや、軽蔑されるに決まってる。でもこれは……やましい目的じゃない。俺はただ、純粋に推し活をしたいだけだ……!)


(推しの幸せが、俺の幸せ──なんて素晴らしい言葉なんだ……!)


安城は静かに本をめくりながら、ため息をついた。


「……ほんと、どうしようもないわね」


(……頼んでみるか?)


神田裕一は、心の中で静かに決意を固めていた。


(もしかしたら……いや、たぶん、軽蔑されるかもしれない。でも、ここで躊躇していたら何も始まらない。大きな成功のためには、リスクを取らなきゃならない)


(そうだ……リスクを取らないことこそが、最大のリスクだ)


そう、自分に言い聞かせながら、裕一は覚悟を決めた。


(こういう時、ニヤニヤしながら頼むのは絶対NGだ。下心が丸見えでキモいと思われるのがオチだ。だからこそ──ここは過去一の“真顔”でいこう)


目を閉じ、一度深呼吸。そして、真剣な表情でゆっくりと声を発した。


「……あのさ、安城──」


「ダメよ」


──速攻だった。


あまりにも早すぎる拒絶に、裕一の心にひゅるると風が吹き抜けた。


試合が始まる前に、試合が終わった。開始のゴングすら鳴っていないのに、審判がノーゲームを宣言したようなものだ。


「な、なんでだよ!? 俺まだ何も言ってない!」


「ニヤけてたからよ。……なにか、やましいことでも考えてたんでしょ?」


ビシッと冷ややかな視線が突き刺さる。


(……あれ? 俺、ニヤけてた?)


あんなに気をつけてたはずなのに。

ポーカーフェイス、あんなに念じてたのに。


どうやら脳内の“推し活計画”が楽しすぎて、表情が自然と緩んでいたらしい。


裕一は机に突っ伏しながら反省した。


(……まずはポーカーフェイスを身につけるところからだな……)


斜め前の席では、冷静沈着なその“推し本人”が、ページをめくりながら小さく呟いた。


「……ポーカーフェイス、ね」


──その瞬間だった。


「……あっ」


カラン。


安城が手元のシャーペンを“わざと”落とした。誰がどう見ても、狙ったような自然さで。


「……おっと」


俺は反射的に机の下へ手を伸ばす。だが同時に、安城も体をかがめていて──


結果──


「……っ!」


指先と指先が、ふれる。


一瞬だけ、時が止まった。


その温度は、想像以上に柔らかくて、あたたかくて。


「わ、悪いっ!」


ぱっと顔を上げると、そこには至近距離の安城がいた。


ぱっちりとした目。神秘的なオッドアイ。

かすかに香る甘いミルクティーの匂い──


その瞬間、俺の顔は一気に真っ赤になった。


慌ててシャーペンを拾い、そっと安城に手渡す。


目を合わせることもできず、俺は顔を隠すように、前だけを見据えた。


(……俺ポーカーフェイス、無理だわ)


その時、机の向こうから、安城の“心の声”が届く。


(どう? ポーカーフェイス……できそう?)


──試合終了。


カンカンカーン。


俺の中の「安城グッズ製作計画」は、開始5分で幕を閉じた。


そう──俺は負けたのだ。

推し活の、甘くて、ほろ苦い“初戦”に。

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