第15話 推しが太っても可愛いと思う理論について
──そして俺たちは、駅前のクレープ屋へと向かった。
自然に囲まれた落ち着いたエリア。
すぐそばには大きな公園があり、ベンチとバスケコートが並んでいる。
そんな穏やかな風景の中に、なぜかぽつんと現れる行列。
それが、このクレープ屋だった。
俺と安城、そして聖は、その最後尾に並ぶ。
ふと横を見ると、安城が真剣な顔でメニュー表を睨みつけていた。
「……チョコレートと、苺の生クリーム。どっちにしようかしら?」
「両方頼めばいいんじゃない?」
軽い冗談のつもりだった。
けれど――その瞬間。
安城の眉が、ぴくりと動いた。
「片方を選ばないからこそ、片方が引き立つの。
両方頼んだら、どっちも霞むじゃない。
だったら、一つに絞った方が満足できるでしょ?」
(……違う。本当の理由は太るのがいやだから。)
「……なんか深いな、安城。
でもさ、実は太るのが怖かったり?」
俺の悪戯半分の一言に、安城の肩がビクッと揺れた。
(しまった。地雷踏んだ?)
(いや、落ち着け神田ゆういち。
太ってる推しも、それはそれで可愛いんじゃないか?)
俺は考えるポーズを取りながら、無意識に安城を観察してしまう。
「な、なによ?どうしたの?」
少し頬を赤らめて、安城がこちらを睨んでくる。
……あかん。可愛い。
だが、俺の思考は止まらない。
(この完璧なスタイルを維持するために、どれだけ努力してるんだろうな……)
(そんなストイックな推しに対して「両方頼めば?」なんて、あまりにも野暮すぎる)
(こういうところが、彼女いない歴=年齢の所以なんだろうな……)
セルフダメ出しをしつつ、さらに思考は深掘りされていく。
(でも、問題はそこじゃない)
(もし――もしもだ。)
(このストイックで可愛い推しが、
ちょっとふっくらしたら……
俺は、推すのをやめるのか?)
――その瞬間。
俺の心の声は、隣にいる安城恵梨香へと、
当然のように届いてしまう。
(…………は?
さっきから何言ってるの、この男。)
安城恵梨香の“心の声”が、ぴたりと引っかかった。
ほんの一瞬――
空気が、止まったような感覚。
けれど――
俺の心の思考は、そこで終わらなかった。
(――否。)
(違う。)
(No。)
(Non.)
(Nee.)
(Нет.)
俺の知っているあらゆる否定の言語で、
脳内が一斉に即座に否定を叩きつけた。
それほどまでに――
それは、違いすぎたのだ。
(むしろ逆だ)
(いつもと違う推しの姿を見られるとか、それ普通にご褒美だ。)
(推し歴が長い人間にしかわからないやつだよな
「あ、今、推しはそういう時期なんだな」ってやつ)
(それも含めて、推しってもんだろ!)
(そして太っている推しも絶対に可愛いに違いない!異論は認めない。)
(……異議ありね。)
安城は、心の声でそうツッコミを入れた。
もっとも――当の俺に、その声が届くはずもない。
そして、
推し始めて一日目の俺は、そこで結論づけてしまった。
──何も問題はない、と。
そのときだった。
「ほんと、息ぴったりだね、二人とも〜♪」
場の空気をぶった切る、間の抜けた声。
如月 聖。
俺の昔からの“男友達(信じたくない)”である。
「……は? どうしてそうなるのよ?」
安城の返しは冷たい。
けれど、その瞳の奥には――
ほんの少しだけ、照れた色が滲んでいた。
「おい、聖。やめろって……」
わざと声に出して牽制する。
(ナイスパスだ、聖)
心の中では、全力でガッツポーズだった。
すると、聖が唐突に――爆弾を投げ込んできた。
「そういえば、安城さんの、好きな男の子のタイプって、どんな人なの?」
「……どうしたのよ、急に」
一拍、間を置いてから。
安城は、ふっと視線を逸らした。
「そうね……
私より“強い人”かしら」
驚いたように、聖が目を瞬かせる。
「安城さんより強い人って……いるの……?」
そして――
なぜか急にモジモジしながら、聖は俺の方を向いた。
「そ、そういえば……
ゆういちの好きなタイプって、どんなの?」
なぜか、赤面しながらこちらを見てくる聖。
(……なんでだよ)
(なんでそんなに可愛くて、男なんだよ)
内心で思わずツッコミを入れながら、
俺は――何事もなかったかのように、答えた。
「考えたことないけど……
俺が、苦しいときでも見捨てなくて、そばにいてくれる子かな」
そう答えると、聖はなぜかモジモジしながら顔を赤らめた。
「ふ、ふーん……
ちなみに僕は、ゆういちを“ひとりにしない”よ?」
――あまりにも直球すぎる友情
(※友情かどうかは怪しい)宣言。
(おお……このまま行ったら、
なんか別の世界(BL)に突入しそうなんだが?)
俺は反射的にブレーキを踏んだ。
可愛いけど男の聖に、普段はしない行動を取る。
――自分の脳に、聖は男なんだと再認識させるための行動だ。
「ありがとよ!
これからもよろしく頼むぜ!」
ガシッ、と聖の肩を抱いた。
「ば、ばか……! ゆういち、近い近いっ……!」
(ゆ、ゆういちがこんなに近くに……♡)
顔を真っ赤にしてジタバタする聖。
今にも湯気が出そうだった。
──そうこうしているうちに、順番が来る。
安城は短く淡々と言った。
「……苺の生クリームでお願いします。」
どうやら、長い熟考の末に選んだ答えらしい。
その後、俺と聖もクレープを受け取り、近くの公園のベンチへ。
包みを開いた安城が、俺の手元をちらりと見る。
「……あなた、チョコにしたの?」
「しかも、一口サイズに切って紙皿って……どうしてかしら?」
俺は慌てて答える。
「手がベタベタするの、嫌なんだよ。
それに、安城が悩んでたから……俺も気になってな」
「ふーん。
変なとこは、神経質ね?」
俺は――
間髪入れずに、矛先を聖へと向けた。
「で、聖は、何頼んだんだ?」
「僕? これだよ〜!」
差し出されたのは――
キムチマヨコーン&納豆クレープ。
(……お、おう?)
(……それ、もはや拷問じゃない?)
完全に忘れていた、聖の味覚センス。
俺と安城は、無言で顔を見合わせた。
そんな中――
安城が、クレープをひと口。
その瞬間。
氷が溶けるみたいに、彼女のクールな表情がふわりと緩む。
普段は滅多に見せないその可愛い一瞬を目にして、俺は思った。
――ああ、俺って幸せ者だな。
夕陽に照らされたオッドアイが、神秘的に揺れている。
(……あかん。
俺の推し、可愛すぎる。)
――次の瞬間。
安城が、なぜかむせた。
(……あなた、馬鹿じゃないの?)
どうやら相当苦しかったらしく、安城は顔を真っ赤にしている。
それでもなんとかクレープを食べ終えた、そのタイミングで――
聖が、何気ない調子で声をかけた。
「安城さん、美味しかった〜?」
「……うん。なかなか美味しかったわ。」
そっけない声。
でも、その横顔は、夕焼け色に染まっていた。
聖は俺の方を向き、不思議そうに首を傾げた。
「ゆういち、食べないの?」
ビクッ、と肩が跳ねる。
――できれば、そこには触れてほしくなかった。
「腹いっぱいでな。……安城、残りあげるわ」
安城は、きょとんとした顔で俺を見る。
「えっ……」
その反応を見て、
女心の理解偏差値が限りなく低い俺は、慌てて言葉を重ねた。
「あ、嫌だったか?
食べ比べるのが嫌なら、姫花に――」
「……食べる」
「……ありがとう。」
頬を赤らめながら、安城が小さく答えた。
そう言って、静かにクレープを受け取る。
その手が――ほんの少しだけ、震えていたのを、俺は見逃さなかった。
そして、
髪をそっと耳にかけるその仕草が――
どうしようもなく、可愛すぎた
(……良かった。受け取ってくれて。)
(……俺、ほんとはチョコ苦手だけど。
安城が悩んでたから頼んだなんて、言えるわけないよな。)
(小分けにしてもらったのも、
俺がかじった後、嫌かもしれないし……。)
俺は、彼女がクレープを食べる姿を眺めながら、
心の中でそう答えていた。
――そんな心の声が、推し本人に聞こえているとも知らずに。
(……ばっかじゃないの。)
安城が、クレープを持つ指に、きゅっと力を入れた。
そして、食べる手をピタッと止めると、
ゆっくりと――俺の方を向いた。
「あのさ……」
一瞬の間。
「……ありがとうね。」
俺はきょとんとしたが、すぐに笑って返す。
「どうしたんだ?
お礼なら、さっき聞いたぜ?」
夕陽に包まれた安城の横顔は――
ほんの少しだけ、素直になった気がした。




