表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/121

第13話 たった今、俺の推しになった

──春風が吹き抜け、教室の窓からふわりと桜が舞い込む。


金と琥珀のオッドアイ――彼女の瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。


「私は……あなたのことを笑わない」


その言葉は、風のように優しく、でも芯のある力で――俺の胸の奥を震わせた。


(……なんなんだよ、これ)


自分の情けない過去。胸にしまっていたトラウマ。それを――会って間もない女の子が、こんなにも真っ直ぐに受け止めてくれている。


(俺が、あの時……一番言って欲しかった言葉だ)


どうしてだろう。胸の奥が、じんわりと熱くなってくる。


彼女のその瞳を見ていた。その瞬間だった。


ドンッ。


突如、教室のドアが勢いよく開いた。


「にぃに!! 可愛い妹がお弁当持ってきたよ〜!」


余韻をぶち壊すような、天使のような、破壊力バツグンの声。


――現れたのは、俺の妹。

神田姫花かんだ・ひめか。中学一年生だ。


俺が通っている愛聖高校と同じ敷地内にある、

**愛聖中学(中等部)**に通っている。


ぱっちりとした大きな瞳。

艶のある黒髪のツインテール。

制服姿は、思わず目を奪われるほどよく似合っていて――正直、天使と言われても否定できない。


にこにこと満面の笑みを浮かべ、手をひらひら振りながら、

愛嬌たっぷりに教室へと入ってくる。


クラス中の男子が騒ぎ始めた。


「だ、誰あの子!?」

「まじ天使……!」

「妹!? あれが妹なの!?」

「……あの足で踏まれたい」


さすが俺の妹だ。お兄ちゃんとして鼻が高い。

最後の変態はとりあえずスルーしておこう。


姫花は俺の席までトコトコ近づいてくると、両手で大事そうに包んだお弁当を差し出してきた。


「はいっ! お兄ちゃんの“唯一の幸せ”、持ってきたよっ♡」


「勝手に唯一の幸せにしないでくれるか?。

でも、ありがとうな」


受け取りながら軽くツッコむ俺に、姫花はにこにこしている。


だが――その視線が、隣の席の“彼女”に向けられた。


「ねぇねぇ……お兄ちゃんが横の綺麗なお姉ちゃんからおかずもらってるの、窓から見えたんだけどさ。……あの金髪美女、誰? もしかして、お兄ちゃんの彼女!?」


教室が――止まった。


空気が固まり、誰も言葉を発さなくなる。あまりの静寂に、時が止まったかと思うほどだ。


安城 → 俺。

俺 → 安城。


数秒の沈黙。そして、俺は静かに、ハッキリと言った。


「……この綺麗なお姉ちゃんは、安城恵梨香っていうんだ。」


「……そうだな、知り合って間もないし、友達ってのもなんか違うけど……たった今、俺の“推し”になった」


姫花「は?」


安城「は?」


姫花と安城、完全シンクロで「は?」と返してきた。それはそうだ。知り合って間もないくせに推しだと言い始めたのだからな。

この時の俺はなぜか友達って言うより、推しなら大丈夫だと思ったのだ。


――まあ、その直後の二人の反応を見て、

全然大丈夫じゃないという事実を、嫌というほど理解することになるのだが。


特に安城は、ページをめくる手をピタリと止め、ジト目で俺を見つめていた。


(……うん。もう、推しに嫌われたかもしれない。)


推し始めて、わずか数秒。

その直後に「推し本人から嫌われるかもしれない」という最悪の危機に直面している俺をよそに、妹の姫花が容赦なくツッコミを入れる。


「にぃにって、ほんとアンポンタンなんだからっ! 安城さんに迷惑かけないの!」


「えっ……? アンポンタン?」


姫花はぷくっと頬を膨らませる。

その仕草があまりにもあざとすぎて、クラスの男子たちが再びざわついた。


……だが、その瞬間。

姫花の“心の声”が、静かに安城へと届く。


(……よかった。昔みたいに、明るいにぃにに戻ってる)


(……安城さんのおかげ、かな……?

 もう、あんな悲しそうなにぃにの顔……見たくないよ……)


もちろん――

その小さくて、優しい本音は、安城にもしっかりと届いていた。


「……っ」


安城はわずかに目を伏せ、ページをめくる手を止める。その瞳の奥に、一瞬、寂しげな揺らぎが見えた。


(……なんだ、今の表情)


俺がその理由を考える間もなく、教室のドアが再び開いた。


「ただいま~! あ、姫花ちゃんじゃん! 久しぶり!」


どうやら、お手洗いに行っていた聖が戻ってきたみたいだ。

それに気づいた姫花は、天使みたいなスマイルを浮かべて、聖に声をかける。


「聖くん! 元気だった~?」


俺と聖は中学時代からの親友だ。

その縁もあって、妹の姫花も聖とは昔から仲がいい。


「元気だよ! ていうか姫花ちゃん、相変わらずお兄ちゃんにベッタリだね~」


さっきまで天使みたいなスマイルを浮かべていた姫花は、途端に顔を真っ赤にする。

そして、手をプンプン振り回しながら、必死に反論した。


「ふ、ふんっ! にぃにがアンポンタンだから仕方なく……だもん!」


そう言い捨てると、姫花はぷいっと顔をそむけた。

その様子がまた、破壊的に可愛い。


……さすが、俺の妹だ。


「でさ、にぃに。安城さんから何もらったの?」


「卵焼きだ。……とんでもなく美味かったぞ?」


(もはや……弁当を忘れてきてよかったとさえ思っている自分がいる。

 ――次も、うっかり忘れてしまおう。)


そんな俺の、欲望まみれの心の声は――

当然のように、安城にも届いていた。


(……次からは、もうあげないでおこうかしら)


俺の欲望まみれの心の声を、ぶった斬るように姫花が呟いた。


「なにそれ……推しからおかずもらうとか、イベント発生しすぎでしょ……!」


そのとき、安城が静かに口を開く。


「……よかったら、あなたも一つ、いかがかしら?」


一瞬で、姫花の表情が変わった。

まるで顔いっぱいに花が咲いたみたいに、ぱあっと明るくなる。


「え、ええっ!? 本当に!? うれしいっ!」


姫花は目をキラッキラさせながら、差し出された卵焼きを――

パクッと一口。


「えっ!?な、なにこれ!? おいしすぎるんだけど!? どうやって作ったの!?」


「……家庭の味ってだけよ」


わずかに微笑む安城。

その表情を見逃さなかった姫花が、飛びつくように声を上げる。


「ねぇねぇ! 今度うちに来て、作り方教えてよ!」


「おいおい、姫花。さすがにグイグイ行きすぎだぞ?

 安城も困ってるだろ。まずは距離感っていうものをだな……」


――出会って間もなく“推し始めた”俺が、距離感について説いていると。

安城は、ふっと小さく息を吐くようにして、微笑みながら答えた。


「……考えておくわ」


その一言で、姫花はピョン、と小さく跳ねる。


「やったー! 楽しみ! そのとき、私も習っていいかな?」


「ええ。だってあなたは――

 “お兄ちゃんの唯一の幸せ”なんでしょ?」


「ち、ちがうもんっ! 弁当のことだし!」


そう言って姫花は顔を真っ赤にしながら、俺の背中にぴたっとくっついてきた。


――推しが、家に来るかもしれない。

そう思った瞬間、俺の心は完全にキャパオーバーだった。


でも、ふと――思う。


(……推しがうちに来る日が、本当に来たら……)


今日の昼休みは、間違いなく――

“物語が動いた”時間だった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ