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第103話 引き出しの奥に、青春は隠せない

授業が終わり、俺は荷物をまとめて教室を出ようとした。


(……ああ、本当に席替え、しちまったんだな)


もう、推しの隣ではない現実が、じわじわと胸を締めつけてくる。

現実ってやつは、本当に思うようにはいかなく、そして残酷だ。

――だが俺は、前を向くしかない。


(だが……まだ可能性は残されている……)


少しでも安城の隣へ戻れる可能性があるなら――

その唯一の道は、数学の中間テストで一位を取ること。


条件は明確で、逃げ道はない。

だからこそ、迷う必要もなかった。


(俺は絶対、推しの隣に舞い戻ってやる)


今の俺にできるのはただひとつ。

この目標に向かって、まっすぐ突き進むことだけだ。


そんな決意を固めた俺は、せっせと帰りの支度をすませ、右隣の新しい隣人・黒羽 冬花と、左隣の蒲原幸一に、軽く手を振る。


「んじゃ、黒羽さん、蒲原。また明日な!」


「おう!神田!これからよろしくな!」


蒲原は元気いっぱいに答えてくれた。さすが野球部、声量がいい。


続いて、黒羽も微笑み、手を振りながら、に口を開いた。


「んじゃ……神田っちバイバイ」


「……神田っち?」


突然のあだ名に、脳が処理を拒んだ。

――いや、待て。


可愛い女子からあだ名で呼ばれるなんて、この人生で一度たりとも経験がない。

彼女いない歴=年齢の俺にとって、それはほとんど“緊急事態”に分類される出来事だった。


胸の鼓動が勝手に跳ね上がるのを、どうにかして鎮めようと、

俺はいつもの“魔法の言葉”を心の中でそっと唱える。


(……きっと、誰にでも言ってるんだろう)


ふと黒羽を見ると、彼女はじっと俺を観察していた。


(距離を縮めるためにあだ名で呼んでみたんだけど……好感度、どうなったかしら?)


 神田ゆういち

 好感度[友情]:58(+2)

 好感度[恋愛]:48(±0)


(えっ、友情が上がって恋愛はノータッチ……!?)


(普通なら、ドキッとさせたら恋愛の方が上がるはずなんだけど?)


(もしかして……なんも感じてないの!?)


黒羽は不思議そうに首を傾げたが、俺には何のことかさっぱりわからない。


(いかんいかん……はやく帰宅して勉強しないとな…)


――そんな時だった。

遠くから、馴染みのある声が響く。


「ゆういち〜!早く帰ろっ!てかさ、聞いて聞いて!!今日の安城さん、めっちゃ可愛かったんだよ??」


「も、もう!ちょっとやめなさいよ!」


安城が照れながら怒る声が、俺の鼓膜を幸福に満たしてくる。


 (あかん……尊い。今日も推しが尊いすぎる!)


 (何が可愛かったか後で絶対に教えてもらおう)


俺の胸は、一瞬で幸福で満たされた。

抑えきれない高揚がそのまま声になって飛び出す。


「わかった!今すぐ行く!!」


返事をした俺を、またもや黒羽がジッと見ていた。


(……今ので、神田くんの安城さんへの好感度は……)


──

 好感度[???]:測定不能 +70上昇

──


(……は? +70!?)


(どうなってんのよ??チョロいどころの話じゃないでしょ!?)


(普通、好感度って、どれだけ上がっても+5とか6なのに……一体どうなってんの?)


黒羽は目を丸くしながらも、しっかりと観察を続けていた。


(でも……やっぱり色が違う? 金色に近い、ラメみたいにキラキラしてる……あれは……)


(恋愛はピンク、友情は黄緑、家族愛は赤。じゃあこの色は何?)


(……やっぱり、もっと彼を観察しないと)


(そしていずれは私のものに……)


そんな黒羽の葛藤をよそに、俺は蒲原と黒羽に手を振って別れを告げる。


「んじゃ!また明日な!」


そして、聖、安城、そして蜂須賀と合流し、四人で俺の家へ。

勉強会という名の青春イベントが、静かに幕を開けた。俺は玄関のドアを開け、いつものように声をかけた。


「ただいま〜姫花〜!」


そのまま自然に、後ろに控える3人――安城、蜂須賀、そして聖を招き入れる。が、その瞬間、全身の血が凍りついた。


(……はっ!?しまった!!俺の秘蔵の“アレ”を隠してない!!!)


胸元の心音が一気に跳ね上がる。

当然、その焦燥感まるごと安城にはバレバレだった。


(………秘蔵のアレ……なにかしら?)


横目でチラッと見た安城の眉が、ピクリと動いた。


動揺を悟られまいと、俺は急いで3人の前に立ちふさがり、笑顔で言い放つ。


「ご、ごめん!ちょっと片付けさせて!女の子3人呼ぶとか緊張するっていうか、その、ね!?」


「……いや、僕は男なんだけど?」


聖が涼しげな顔でツッコミを入れるが、視覚情報が全てを否定している。正直、聖は四捨五入したら完全に女の子だ。もういい、今はその議論をしてる場合じゃない。


「あっ、間違えた!とりあえず、リビングでくつろいでてくれ!」


そう言い残して、俺は階段を駆け上がる。急げ、急げ、急げ俺!!


途中、下りてきた妹・姫花とすれ違う。


「あっ、お兄ちゃんおかえり~?」

  

「おっ!ただいま!!姫花!!」


その声に一瞬だけ癒されつつも、後ろを振り返ると――姫花がすでに安城たちを見つけて満面の笑みで飛び跳ねていた。


「わぁ~安城ちゃんたち、いらっしゃ~いっ!」


(姫花……今だけは、リビングで“その可愛さ”を全開にして場をつないでくれ……)


心の中で妹に祈りを捧げつつ、俺は自室に到着。急いでベッドの下のアレを拾い上げる


(あった……金髪ギャルスーツものとピンク髪の小悪魔もの……っ!!)


完全に趣味丸出しのそれを俺は、震える手で速攻で机の棚の二段目の奥の奥に押し込んだ。


(よし……これで、もう安心だ……っ)


ようやく安堵の息をついた俺は、額の汗をぬぐって階段を降りる。


そして―


安城、聖、蜂須賀の3人を、自室へと招き入れた。


「どうぞ、ここが俺の部屋だ!」


そう言ってドアを――

って、無いんだよな、この部屋。ドアが。


「あれ?なんでゆういちの部屋……ドアがないの?」


聖が首をかしげながら、素朴な疑問をぶつけてきた。

その瞬間――


ピクッ!


俺と安城が同時に反応。ついでに蜂須賀も、謎の緊張を走らせる。


「あわわわわ……神田君の部屋、画期的です……!ドア開けるという手間を省くためにドアそのものを捨てるとは……まさに逆転の発想!まさにクリエイティブです」


もはや、褒めてるのか馬鹿にしてるのかわからない蜂須賀の返答にクリエイティブな俺は完全に困惑する。


(やべ……なんて説明したらいいんだ?)


すると聖が、ふと思い出したように呟いた。


「……あれ、前に来たときはドアあったよね? ……あっ、もしかして……」


パッと表情を明るくすると、腹を抱えて爆笑し始める。


「いやいやいや……安城さん、やっぱり凄すぎ!これは敵わないや……ははっ!」


俺は混乱し、蜂須賀はポカンとし、安城は――

真っ赤な顔で目をそらしていた。

そして、彼女達が部屋に入った瞬間、不安が突然、加速する。


(……さすがにバレないよな?机の棚の二段目の引き出しに隠したし……いや、奥の方まで入れたし……!ここからバレるとかもはや名探偵ぐらいだろ??絶対大丈夫だ)


俺の不安なのか、傲慢なのか分からない心の声が、まるっと安城に届く。すると安城は、ゆっくりとした動作で振り向き、口を開いた。


「ねぇ神田君。赤い下敷きって……あったりするかしら? ほら、暗記用の、赤シート的なやつ」


「え、あーあれな?……あったような……なかったような……?」


俺が曖昧にごまかすと、安城は――

静かに、だけど冷たくないトーンで言った。


「その机の引き出しの2番目の奥の方とかに入ってたりしないかしら?」


ビクッ!!


(……あなた名探偵か何かですか?)


俺の心臓が心音だけでツッコミ入れるレベルで跳ねた。俺は心の奥で静かに警報を鳴らしていた。


(……えっ、安城さては気付いてるのか?)


 ――俺の秘蔵、金髪ギャルスーツものとピンク髪の小悪魔ものが、俺の引き出しの二段目にあることを!?


( いやいや…バレる素振りなんて、そんなヘマしてないだろ!)


(…はっ!?……まさか、“赤シート”って、そういうことか? レッドカード的な、俺に対する警告の比喩だったりするのか?バレてるのか?俺は試されているのか?)


心臓がバクバクする。いや、もはやバクハツ寸前だった。そんな俺のテンパりっぷりを見て、妹・姫花がふと口を開いた。


「お兄ちゃん、赤い下敷きなら――お父さんの書斎にあったんじゃない?」


……ナイスフォローだ。さすが我が妹。


まるで、救済フラグのような一言だった。

俺の親父は、勉強熱心な性格な為おそらく赤シートの一枚や二枚、きっとある。そう信じたい。


「ちょっと俺、探してくるわ……!」


俺はそう言い残し、逃げるように立ち上がる。


「みんな、ここでちょっと待っててくれ! 勉強でもしながらさ!」


急ぎ足で部屋を飛び出す。背後から、安城の視線がチクチク刺さる気がするのは……気のせいじゃない。

書斎の前にたどり着いた俺は、胸の奥のざわつきをようやく吐き出すように小さく息をついた。

そっとドアノブに手をかけ、音を立てないように扉を開く。


――だが、その安堵は一瞬で崩れ去った。


「…………え?」


ゆっくりと開いた先に広がった光景は、俺の予想できない光景だった。


書斎の椅子に座ってる一人の銀髪の少女。


「ん?どうしたんだい??」


そこにいたのは、銀髪の天才発明家の安城星梨奈だった。

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