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第102話 ねぇ、私に奪わせて? あなたの愛

俺の「安城の隣の席に絶対戻りたい革命」は、どうにか第一段階を成功で終えた。


(……ふぅ。クラスのみんなからは、だいぶヤバいやつと思われただろうな)


けど、いい。たとえ変人扱いされようが構わない。俺はそれを天秤にかけても安城の隣に戻りたいのだ!


(とはいえ、さすがにチェンジは言い過ぎだな……黒羽さんには謝らないとな)


俺は配慮できる男だ。なんせ、最近“リスクヘッジ”という言葉を覚えたばかりだ。意味は完全に忘れてしまったが。


スクールカーストNo.1、黒羽 冬花。


赤いシュシュと黒髪が揺れるその横顔に、謝罪を決意する。


「黒羽さん……さっきは、ほんとごめん。『チェンジ』とか、決して黒羽さんが嫌ってわけじゃなくて……!」


なるべく穏やかに、でも誠意を込めて話す俺。


すると黒羽は――


「うっ……うぇん……」


え、泣いてる……!?


(おいおい……俺はやっちまったのか!?推しの事を考えすぎて一人の女の子を泣かしてしまったのか!?)


「チェンジとか言われたよ……つらかったよぉ……」


両手で顔を覆い、肩を震わせる黒羽さん。


(やばいやばいやばいやばいやばい、これは完全にやばい。)


(こうなったら仕方ない……)


「ほんっとごめん!!なんでもするから!!」


俺は即座に立ち上がり、土下座一歩手前の姿勢で謝る。


そのとき、指の隙間からチラリと俺を覗く黒羽の目がキラリと光った。


「やった♡ ありがとう……じゃあさっそく――」


(……え?)


どうやら嘘泣きだったようだ。


(こいつ……俺の苦手なタイプだ……!)


でも、「なんでもする」と言った以上、引き返すわけにはいかない。男に二言はない。


(頼む……“全裸で校内一周”とかだけはマジで勘弁してくれ……)


覚悟を決める俺に、黒羽はにこっと笑って言った。


「安城さんの話、聞かせて?」


……意外すぎた。


「え、いいけど……なんで?」


「だって、あんなに堂々と愛を叫ぶ神田くんに、興味持っちゃってさ」


なぜ、黒羽は安城のことを気にしているのか?

その理由を、俺は静かに思考の奥へと沈めていく――。


(……あれか?推し布教してほしいってタイプか?)


だけど、俺の脳裏にある疑念が浮かんだ。


(いや、待てよ……さては――こいつも恵梨香の魅力に気づいて、“推し”にしようとしてるのか?)


(ふむ……俺の迫真の演説を聞いて、魅力に目覚めたってところか。……なかなかいいセンスしてんじゃねぇか……こいつ……俺の好きなタイプだ。)


だが、俺は考える。


(ただ、俺の方が先に知ってた。俺の方が長く見てた。俺の方が深く想ってる。ならば、推し歴の差でちゃんと上下関係いや、序列はつけておこう。後々揉めるのも嫌だし。)


俺の中で、あの“古参オタク”特有の――

「新参は歓迎するけど、でしゃばられちゃ困る」的な、めんどくさい思考がじわじわと頭を占め始める。


そのせいで、しばらく無言で考え込んでいた俺に、黒羽が小首をかしげた。


「どうしたの?神田くん?」


(……あー、もう勘違いしてそう。私が興味持ったって言っただけで、私の事気になり始めたみたいな?案外チョロいわね?)


(あっそうだ……もうちょっと攻めてみようかしら?)


黒羽は、そう思ったのか――ふとスカートの裾を少し開いて、足を軽く広げる。


(ちらっと……ギリギリ……見えないくらいに……)


(これで、見るからに童貞っぽい神田くんも意識せざるを得ないでしょ♪どうせ話しながらチラチラ見るんでしょ?)


だが――


「いや……まずは俺と安城の出会いからだな?あれは高校入学してすぐの事だが……あっ実はすでに中学時代にあっていたんだけど、その伏線は後に回収するからちょっと待っててくれよな?」


俺は、彼女の張った伏線を一切気づかないまま、早口で熱量MAXの“布教モード”に突入した。


(……この男、全然見ないわね……てか伏線て何よ?こっち見てないの?)


目の前の男子は、興味ゼロで語り始めた。

「その時、安城はドアを破壊して、裏切られて部屋に引きこもっていた俺に言うんだ!」


……何を言ってるんだ俺は。

けど、不思議と、自分のトラウマを相手に平気で話せている自分に、少し驚いた。

これも安城のおかげだと思うと、心が跳ねた。


(やっぱり推しって素晴らしい……)


その瞬間――

キーンコーンカーンコーン……。

休み時間終了のチャイムが、容赦なく鳴り響いた。


「へ、へぇ〜、そうなんだ?」


黒羽冬花は引きつった笑顔で相槌を打つ。


(……嘘でしょ?この男、休み時間フルでトークしてきたんだけど?)

(てか、会話ってラリーだよね?この人全部スマッシュなんだけど?)

(しかも……最後まで私一言も話さなかったんだけど?)


黒羽は内心うんざりしながらも、ふと俯いた。


(……でも、この男の安城さんに対する“狂気的な愛”――私、やっぱり羨ましい)


(なら……ちょっと気が引けるけど……試してみようかな)


「……神田くん?」


チラッ、と意味ありげに俺を見上げると――


彼女は、

おもむろに自分のスカートの裾に手をかけ、

そっと――持ち上げ始めた。


「――何してんだよ?」


俺は冷めたトーンで即ツッコミ。


黒羽は目を丸くした。まるで予想が外れた、みたいな顔だ。


「……女の子が、そんなことすんの、よくないぞ?」


俺は真顔で言った。


「ただでさえ、黒羽さん可愛いんだから。そんなことされたら、男は勘違いする。で、勘違いして、失恋して、こじらせたら男って……めちゃくちゃ面倒だぞ?」


……ソースは俺。脅威の説得力。もはや含蓄すらある。


スクールカーストNo.1の女子に説教する、教室の隅っこオタク代表――俺。

前代未聞の光景だった。


「え、あ……うん。ありがとう……?」


(へぇ……一応、可愛いとは思ってくれてるんだ?)


黒羽は、ほんのり頬を染めていた。

そんな彼女を見て、俺は不思議そうに尋ねる。


「なんでお礼言ってんだ?」


びくんと肩を震わせ、彼女は慌てて言い返した。


「べ、別に……なんでもないし」


(もう……!!私が動揺してどうすんのよ??)


赤らんだ頬を隠すように、彼女はくるっと背を向けた。


(な、なんだったんだ今の……?)


そんな彼女を見て俺は思わずハッとする。


(まさか、あれが噂に聞く“美人局”ってやつか?)

(俺を罠にハメて、ファンNo.1の座を狙ってんのか?……この女、危険すぎる)


俺は心の中で警戒態勢MAXになった。

頬を赤らめながら彼女は考える。


(可愛いってマジマジ言われるとさすがに照れるわ……いやいや、それより!)

(……彼の好感度、チェックしないと!!この休み時間にどれくらい私の好感度が上がったか確認しないと!)


視線を感じて見てみると――

彼女はじっと、俺を見ていた。


(ん?なんだ?……)


【神田ゆういち】

好感度[友情]:56

好感度[恋愛]:……48!?


(――って、えっ!?なんで下がってんのよ!?もうわけわかんない!!)


黒羽は内心、謎のダメージを受けていた。

そんな俺と黒羽の、まるでじゃれ合うようなやり取りを──

後ろの席から、安城と聖、そして蜂須賀がじっと見つめていた。


「……ゆういち、なんか楽しそうだね?」

聖がぽつりと呟く。

「黒羽さんとは意外な組み合わせだし……もしかして、ゆういちはああいうタイプが好きなのかな?」


その言葉に、安城はほんの一瞬だけ、ぴくりと反応した。

心の奥で火花が散る。


(なによ……楽しそうに話しちゃって……!)


(ねぇ……あなたって金髪ギャルが好きなんじゃないの?)


頬を少しだけ膨らませながら、黒羽と俺のじゃれ合いする様子から視線をそらす安城。


――そんなことには、当然俺は気づくはずもなく。


一方、黒羽冬花は微妙な表情を浮かべていた。

困惑とも、戸惑いともつかないような、絶妙なニュアンスの顔で。


(男の子って……こういうエッチな事好きなんじゃないの?

なのに、神田くんは違う……なんで?)


その疑問が彼女の中でぐるぐると渦巻いている。


「はい注目ー」


教室のドアがガラッと開くと、遠坂が入ってきた。総合の授業の次は、遠坂が担当する数学だった。

毎度のことながら、あの暑苦しいテンションに正直うんざりしてしまう。


そんな思いのまま授業が始まると、遠坂はいつもの調子で、俺をイジるように声をかけてきた。


「え〜っと、今日は X を Y に代入して……あっ、神田?」


突然、指名される俺。


「お前……いつもに比べて、授業態度、よくなったな?」


さっきの出来事であるから、教室中に、クスクスと小さな笑いが漏れる。


「え?あ、ああ……まぁ……」

理由は、明白だった。


……安城の隣の席に、戻りたい。


それだけだった。

数学の授業中だというのに、俺の頭の中はそれ一色だった。


(……よし。絶対、次の中間で数学一位取って、安城の隣に戻ってやる……!)


拳を握りしめ、内心で小さく叫ぶ。


──その横顔を、黒羽冬花はじっと見つめていた。


「頑張ろうね? 神田君っ」


教室の静けさを破るように、明るく微笑む黒羽。


その声音はどこか無邪気に聞こえたが、

その心の奥底に渦巻く感情を、俺は知る由もなかった。


(絶対に……阻止してやるんだから)

(安城さんの隣に戻らせたりなんかしないんだからっ♡)


彼女の心の奥底から滲み出すような──

甘く、粘つくような執念。


(あなたのその狂気的な愛を……私が奪ってみせる)

(全部、私のものにするの……)


(そしたら私も本物の恋を知れるかしら?)


不意に、視線を感じた。

顔を上げると、黒羽冬花と目が合った。


その瞳は……とろけるように潤んでいて、

まるで俺のすべてを愛おしそうに見つめていた。


──中学試験まで、あと14日。

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