第101話 あなたの愛を略奪したい。恋がわからない少女が、初めて壊れた日
(――ごめんね……あなたとは付き合えないわ)
入学してまだ一ヶ月も経ってないのに、三人目。
告白してきたのは、2-Cのエースストライカー、豊原瑛太くん。
確かに、顔は悪くなかったし、スタイルも良かった。女子たちの間じゃ、かなり人気らしい。
(でもね――“もう私のもの”ってわかった瞬間、冷めちゃうんだよね?)
それはまるで、完成されたパズルを見てるような感覚。
もう動かない。もう変わらない。もう、つまらない。恋でいちばん楽しいのは、「付き合った後の幸せ」じゃない。
――“付き合うまで”のドキドキと不安、駆け引きとすれ違い。
その過程こそが、恋の本当の醍醐味だ。
「でも、可哀想なことしちゃったよね。中学から付き合ってた彼女と別れてまで私を選ぼうとしたのに……」
誰に言うでもなく、独りごちた言葉は、空気に溶けて消えた。
***
私の名前は、黒羽 冬花。
この学校、愛聖学園にやってきた。
だけど――毎日が退屈で仕方ない。
なぜなら。
(人の“好感度”が見えるから)
恋愛の過程を楽しむ私にとってこの能力はむしろ退屈の原因そのものだ。
しかもその数値には、色までついてる。
ピンクは“恋愛”、赤は“家族愛”、黄緑は“友情”。
それはまるで、心の中を暴くカラフルなメーター。
そして、最近わかったことがある。
――好感度が「80」を超えた瞬間。
どれほど他に好きな人がいようが、過去にどんな恋があろうが――
私は、どんな相手でも惚れさせ、奪い取ることができる。
たとえその人が、誰かと美しくドラマチックな恋をしていようと――
最終的に、その心は必ず私のものになる。
「……恋愛って、ほんとにつまらない」
誰かに好かれるだけじゃ、心は満たされない。
私が欲しいのは、“狂気的に満ち溢れた愛”。
運命とか、奇跡とか、どうでもいい。
そんなときだった。
「席につけー。HR始めるぞー」
――がらっ。
担任の遠坂先生が、教室に入ってきた。
「はーい、次の授業は“総合”なー!」
――その瞬間、教室の空気がざわついた。
まるで真夏の体育館のように、ムダに熱量だけは高い担任・遠坂が、いつものテンションで教室に響き渡る声を放つ。
「今日はな、みんなも学校に慣れてきただろ? 友達もできてきたと思う! だからこそ、色んな人と関わって欲しいから――“席替え”をしようと思う!」
……あんまり乗り気じゃなかった。
せっかく仲良くなった友達と離れるのは寂しかった。
正直、誰と隣になろうが私には関係ない。だって、どんな相手でも、好感度さえコントロールすれば簡単に“私のモノ”になるんだから。
そして、クジ引きのために整列する中、前にいる男子――甲斐谷俊一の声がだだ漏れだった。
「冬花ちゃんの横になりたい! 冬花ちゃんの横になりたい!」
(うっざ……聞こえてるっての。もう勘弁してよ?)
甲斐谷俊一くん。
入学初日に挨拶しただけで、好感度が「75」だった異常な男子。
軽く笑いかけて、ちょっとだけ意味深な言葉を添えてあげたら、すぐさま「80」を超えた。
そしてその瞬間。
――彼の瞳に“忠誠”の色が宿る。
ピンクの好感度ゲージが弾け、彼の心が私に染まりきった証拠だった。
でもね。
私の心は、まったく満たされなかった。
手に入った瞬間、全部が色褪せる。
どんなに美しくても、どんなに望んでも、手にした途端、つまらなくなる。
それはまるで――
「誰かのものだからこそ、輝いて見える宝石みたいに。」
私は知っている。
他人が持っていて、自分にないからこそ、価値があるってことを。
人間は、自分にないものを求め続ける生き物だ。
どれだけ高価なブランドバッグを手に入れても、
自分よりも“いいバッグ”を持っている人を見かけた瞬間、
その輝きは色あせる。
満足していたはずのそのバッグさえ、すぐに手放し、
“もっと上”を求めてしまう。
――人は、常に比較の奴隷。
自分のものになってしまえば、もうそれはただのガラクタ。そんなふうに、私はまた一人――心を失っていく。
新しい席になった。
私の隣に座ったのは、確か、名前は……なんだっけ?神田……だっけ?以前英語の授業で推しの事を考えてのだけは覚えてる。
(あんまり目立たないし、話題にも上がらないし……)
仕方ない、形だけでも挨拶しておこう。
「やっほ〜、神田くん。はじめまして!」
「お、おう。よろしくな?」
声のトーンも反応も、まさに“普通”のテンプレ男子。恋愛フラグのフの字も感じない。
私は習慣的にこっそり、能力を使う。視界の端に浮かび上がる数値。
《好感度:52 色:薄いピンクがかった灰色》
(まあ、悪くないけど……良くもないわね。うん、平均点。)
私の興味レーダーは特に反応せず。ただ、暇つぶし程度に話すには問題ない。
(あぁ……本当につまらない)
そんなこんなで授業が進み、席替え直後の1時間目が終わろうとしたそのとき――
「後ろの席で、黒板が見えにくいやつはいるか?」
遠坂先生の問いかけに、誰も手を挙げない教室。
その静寂を破ったのは、私の隣の神田くんだった。
「……はい」
その声が聞こえた瞬間、私は思った。
(え?何してんのこの人?)
退屈な席替えイベントがようやく終わる──そう思っていた矢先だった。
クラスの誰もが黙りこくる中、1番前の席に座っているはずの男子──神田ゆういちが、静かに手を挙げたのだ。
しかも、後ろの席で黒板が見えないやつは?という問いかけに対して。
(いや、君、前の席だよね?え、えぇ……?この人日本語通じない感じ?)
「おい……神田……何やってんだ?お前、前の席だろ?」
遠坂先生も流石にツッコミを入れる。まあ、当然だ。誰がどう見ても意味不明な行動だったから。
でも──そこから始まった。
神田くんは下唇をきゅっと噛みしめ、なにか決意したように静かに、だけど真っ直ぐな声で言った。
「先生。目が見えない人が後ろの席になると不利なのは、授業に支障が出るからですよね?」
「……まぁ、そうだが?」
「だったら、俺にも支障が出てるんです!」
息をのむ。
「授業に集中できないほどの、深刻な弊害が俺にはあるんです!安城の隣じゃないことが!」
教室中が凍りついた。
思わず、隣の蒲原くんまでペンを落としたのが聞こえた。
私は思わず息を飲む。何この人、何この展開──え、ラブコメの主人公……?
神田くんは続ける。いや、叫ぶ。
「俺は、安城の隣の席に戻りたいんです!!白い目を向けられても構わない!笑われても、呆れられても!俺を、安城の横の席にチェンジしてください!!」
……とんでもなかった。
私の能力は、目に見えない「好感度」を可視化できる。恋愛はピンク、友情は黄緑、家族愛は赤。だが、私はそのとき、人生で初めて見る色を見た。
神田ゆういちが安城恵梨香に抱く好感度。
《金色のラメがきらめく、眩い光のオーラ 数値測定不能》
(え……なにこれ……こんな色、見たことない)
それは“恋”とも“愛”とも違った。もっと純粋で、もっと強くて、もっと壊れやすい──けれど、誰よりもまっすぐな感情だった。
「いや、神田。お前が安城を“好き”なことは十分伝わった。ただな──」
先生の言葉を、神田くんは遮った。
「好き?いやいやいや、何言ってんすか先生!」
その言葉に教室中がどよめく。
「“好き”なんて軽い言葉で片づけないでください!俺は、“ただ隣にいたいだけ”なんです!」
「尊くて神々しい……この世のすべてを照らす、天界から舞い降りた奇跡の隣に──!」
(す、すごい……)
私はふいに安城さんを見ると顔を覆いながらも、耳まで真っ赤に染めていた。
「……は?何言ってんだお前。とにかく、特別扱いはできない。却下だ。前例を作ったら他も真似する」
「じゃあ、みんなが納得すればいいんですね?」
神田くんは静かに立ち上がり、クラスを見渡した。
「みんな!俺が席を後ろに移動することに、不満あるやついるか!?みんなの“本音”、聞かせてくれ!」
そして──
ザワ……ザワ……と、教室が揺れる。
「……いいんじゃね?なんか面白そうだし」
「むしろ前にいられても黒板見えんかったし」
「もっとやれ神田!全力で行け!!」
肯定の波が広がっていく。彼は、自分の想いだけで“空気”を変えたのだ。
遠坂先生は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたあと、にやりと笑った。
「わかった……じゃあこうしよう。次の数学の中間で──1位を取れ。そしたら席、戻してやる。いいな?」
「はい!!」
教室が笑いと拍手に包まれる中、神田くんはふう、と息をついて席に戻った。
誰もが忘れられない一幕。恥も、目立つことも怖れず、ただ一人のために立ち上がった姿。
……私はその姿に、目を奪われていた。
(……見つけたわ…私、彼の狂気的な愛を……奪いたい)
(その真っ直ぐな気持ち、私に向けて欲しい)
(そうすれば私もやっと本当の恋ができるよね?)
退屈で、灰色だった日常が──突然、金色に染まった気がした。




