第100話 俺は“推し”の隣に戻るために革命を起こします
──それは、俺が“推し”への愛を再確認した、ほんの数秒後の出来事だった。
「はーい、次の授業は“総合”なー!」
担任の遠坂が教室に入ってくる。
(……いや、総合の授業ってなんやねん?そんな授業するくらいなら、自習とかにして俺の推しへの愛の復習でもさしてくれな?)
捻くれたツッコミと思いきや甘々な気持ちが脳内に響く。が、それどころじゃなかった。
「今日はな、みんなも学校に慣れてきただろ?友達もできてきたと思う!だからこそ、色んな人と関わって欲しいから“席替え”をしようと思う!」
……その瞬間。
俺の世界は、奈落へと突き落とされた。
(……は?今なんて言った?席替え……?席替えって何?)
“世界で一番尊い隣人”、金髪オッドアイギャルの安城恵梨香との席が……離れる?
冗談じゃない。今なら軽いジョークで許してやる。はやくジョークだと言ってくれ。だが、それがすぐに現実だと俺は気付く。
(え、待て待て待て……俺が推しと離れ離れになる?)
心の中が大パニックを起こす。もはや大反乱。
だが、周囲の反応は真逆だった。
「やったー!前の席になりたい!」
「あの子の横になりたいね?」
クラスという“大数の暴力”が、俺のささやかな幸福を粉砕していく。
(ちくしょう……!安城の隣の席は……俺のなのに……)
「……安城と離れたくない……」
ぼそりと零れた、その言葉。
……その瞬間、空気が止まった。
(……あ、やっちまった)
顔を上げると、斜め隣――安城がこちらを頬を赤らめてぽかんと見ていた。
「……あんた、よくもまあ、そんな正直に……そういうのは聞こえないように“心の中”で言いなさいよ」
そう言いながらも、彼女の目元はどこか――揺れていた。
(……まぁ、どうせ聞こえるんだけど)
「安城……席替え、嫌じゃないのか?せっかく仲良くなれたのに……」
俺の問いに、安城はわずかに顔を伏せる。そして……静かに、呟いた。
「べ、別に……いいんじゃない?」
あまりにもあっさりとした返答。
その答えに、俺の胸がズキンと痛んだ。
でも――
その唇が、きゅっと噛み締められたように見えた
それはまるで、自分自身を押し殺すような、そんな表情だった。
(……私のばか。なんで素直になれないのよ、私。ほんとは……めっちゃ嫌なのに)
(やっと再会できて、やっと仲良くなれて……でも……)
(この人と離れるのが、なんでこんなに、寂しいの……?)
そんな感傷に浸るヒマもなく、俺たちは恒例のくじ引き方式で新しい席を決めることになった。
そして――ついに、俺の番が来た。
(神様神様神様神様神様神様神様神様……!!)
俺はこの人生で、こんなにも強く神に祈ったことがあっただろうか。
(どうか、“推し”の隣でありますように……場所は、どこでもいいから!いやできれば、聖と蜂須賀の近くもアリだな……あ、でも前の席だけは勘弁してください!推しの横顔をじっくりみれなくなるから──!)
まるで無欲を装いながら、欲深い俺の願いを詰め込み、俺はくじを見つめた。
「おい、神田!早く引け!」
担任の遠坂の一喝で、俺は現実に引き戻された。
覚悟を決めて、くじを引く。
結果──
窓側・後ろから2番目の席:蜂須賀、聖
そして、一番後ろの席:安城 恵梨香、甲斐谷 俊一
……俺:最前列の一番前
(……ちくしょう神なんて大嫌いだ)
──静かに、しかし内心は荒れ狂いながら、新しい席に移動する。
その途中、俺はかつての“隣人”に言葉をかけた。
「安城、ありがとうな。……すげぇ、楽しかったよ」
(離れたくない、離れたくない、離れたくない……!
だって、隣だったから一緒にご飯食べられたのに……
その日常が、もう……なくなるのか……?嘘だろ?)
俺の心の叫びは、安城に届く。
だけど、彼女はまっすぐ俺を見て、なだめるように、ポツリと言った。
「席が離れても……お昼ごはんくらいなら、一緒に食べてあげるから。
……だから、そんな顔しないで?」
(……私だって、本当は嫌よ。あなたと離れたくないもん)
その言葉だけで、俺の中の寂しさが少しだけ、救われた気がした。
そして俺は、新しい席── 一番前へと腰を下ろす。
左隣から話しかけてきたのは、蒲原 幸一。
快活そうな笑顔の、ちょっと調子のいい男子だ。
実は卑屈な俺にとってこういう無邪気で明るい笑顔をするタイプは好きだ。
「神田!これからもよろしくな!」
「あぁ……こちらこそ?よろしく」
軽く答えながらも、気持ちはまだ席替えの余韻にひきずられていた。
「いやでもさ、神田ラッキーだったな!お前の右隣、黒羽 冬花だぜ? スクールカーストでNo.1の──甲斐谷なんて黒羽冬花の事好きすぎてもう大変だったんだぜ?」
どうやら蒲原と甲斐谷は前の席の隣人みたいで、
よく甲斐谷が黒羽の恋愛相談を聞いてたらしい。
それよりも俺が気になったワードがあった。
……カースト?
(なんだそれ?)
俺は“心の女神”以外の存在に、1ミリも興味がなかった。
クラスの人間関係とか、人気者とか、そういうのは本当にどうでもいい。
俺の世界の中心には、ただ一人の隣人がいたんだから。
そんな中、右の席から、ふわりと風に乗るような声が届いた。
「やっほ〜!神田君、よろしくね〜」
長い黒髪がさらりと肩を滑り落ち、手首には赤いシュシュ。俺はカーストNo.1という言葉の意味がすぐ理解できた。
……正直、めちゃくちゃ美人だった。
「お、おう。よろしくな」
あまりに綺麗すぎて言葉が詰まりかけた俺だけど、言葉を返す。
(てか……こんな美人がクラスにいたなんて……俺、どんだけ“信仰対象”のことしか見てなかったんだよ……)
(……でもやっぱり、黒羽には悪いが安城の方が良い……)
隣に座る彼女の存在を意識しながらも、俺の心は“推し”を追い求めていた。
自己紹介の空気が落ち着いたところで、担任の遠坂が口を開く。
「後ろの席で、黒板が見えにくいやついるかー?」
教室がざわつく。
そりゃそうだ、黒板が見づらくなるのは当然“後ろの席”のやつら。
――なのに、その瞬間。
俺の呪いが、発動する。
そしてクラス中がぴしっ。静寂が走った。
なぜなら俺――視力両目1.8、前から1番目の席の俺が、
スッと、手を挙げのだから。
「……はい」
あまりに唐突な“挙手”に、クラス中が一斉にこちらを向く。
(ちょ、まて俺。お前なにやってんだ!?)
それは、“黒板が見えない”とかいう建前の裏で――
“安城の隣に戻りたい”という俺の本音が、漏れた瞬間だった。
「おい…神田……何やってんだ?お前、前の席だろ?」
遠坂が呆れながら苦い顔で言う。
俺は、勢いよく立ち上がった。
(もう……どうにでもなれ……クラスがなんだよ?そんな奴らを白い目で見られてもいい。安城の隣に行きたい。安城の隣は俺だけのものだ)
「先生。目が見えない人が後ろの席になると不利なのは、授業に支障が出るからですよね?」
「まぁ……そうだが?」
「だったら、俺にも支障が出てるんです!!授業に集中できないほどの、深刻な弊害が俺にはあるんです!!俺が、安城の隣じゃないことが」
目が見えないから困るという論点から女神いないから困るという論点にすり替える俺。
(上手いこと言ってる場合じゃねぇ!!俺の本音止まれ!!さすがに安城にも迷惑だし、やめろ俺の口!黙れ!)
そんな俺の本音は容赦なく続く。
「俺は、安城の隣の席に戻りたいんです!!
クラス中から白い目で見られようと、先生が俺をドン引きしようかま、俺は安城の横にチェンジしてください!」
瞬間、クラスに衝撃が走る。
ドン引きした視線が突き刺さるなか――
蒲原は目を丸くし、スクールカースト最上位・黒羽冬花は無言で俺を凝視。
それはそうだ、普通に失礼だからだ、黒羽冬花より安城恵梨香の方がいいと遠回しに言ってるようなもんだからな。
そして、聖と蜂須賀は驚いた表情で、安城恵梨香は――顔を、両手で覆った。
その隙間から見えたのは、真っ赤に染まった耳。
(あ、あ、あんたね〜……なに言ってんのよ……!ばっかじゃないの!?恥ずかしい。。)
遠坂が呆れたように言った。
「……いや、神田。お前が安城を“好き”なことは十分伝わった。ただな」
俺は好きとかいう、誰でも一度は通るありきたりな感情で片付けられた事に腹が立ち、食い気味で突っかかる。
「好き?いやいやいや、何言ってんすか先生!!」
俺は勢いよく首を振る。
「そんなありきたりな感情で片づけないでください!俺は、“ただ隣にいたいだけ”なんです!
尊くて神々しい……この世のすべてを照らすそう、天界から舞い降りた奇跡の隣に……!」
いや、もうプロポーズだろこれ。
だけど俺の中で、一時の感情で起気起こる恋愛の“好き”なんて軽い言葉で済ませたくなかった。
あの日、俺を救ってくれた安城恵梨香に――
「……は?何言ってんだ?お前。とにかく、特別扱いはできない。却下だ。前例を作ると、他もやりたがるだろ?」
「なるほど……じゃあ、“全員が納得したなら、いいってことですか?」
俺はクルッとクラスを向いた。
「みんな!俺が席を後ろにすることに、不満あるやついるか!?みんなの“本音”、聞かせてくれ!」
そして、俺の能力が――発動する。
ぽつり、と。誰かの本音が漏れた。
「……いいんじゃね?なんか面白そうだし」
「たしかに、アイツが前にいたところで視界ジャマだったし」
「もっとやれ〜〜神田!!」
ざわ……ざわ……と、肯定の波が広がっていく。
はい、革命完了。推しのためなら俺はクラスに革命すら起こす。でも、俺が見たのは――
――だが、俺は止まらない。いや、止まれなかった。
“信仰対象の隣の席”をかけた、戦いが始まる。
「わかった……じゃあ、こうしようか」
俺は教室をぐるりと見渡していると担任の遠坂がひとつ息を吐いた。
「次の中間テスト――俺の担当する数学で1位を取ったら、甲斐谷とお前の席を変えてやる。いいか?甲斐谷。」
「は、はい!大丈夫です。」
(むしろ、神田絶対一位になってくれ?俺は冬花たんの横にいきたい)
甲斐谷は快く了承してくれた。
沈黙が走るかと思いきや、みんなの反応は意外だった。
「お、なんか青春してんじゃん!」
「いいね、それ!ドラマみたいだし!」
「お前かっこいいぜ!?」
もはや否定する者は一人もいなかった。むしろクラス全体が“応援ムード”になっていた。
俺は、拳を握りしめる。
(絶対に、安城の隣に戻ってみせる。誰にも、あの席は譲らない。)
ちらりと右隣の席に目を向けると、黒羽冬花が静かにこちらを見ていた。
その視線は何か新種の生き物を見たように興味津々の目つきだった。
(……なんだ?てか後で謝らないとな?チェンジとか言っちゃたし。)
だが、このときの俺は、まだ知る由もなかった。
彼女――黒羽冬花の存在が、これから俺の心をどれほどかき乱すのかということを。
まるで、運命の歯車が軋みを上げて回り出したような気がした。
【コメント】
祝・第100話突破!!
いつも読んでくださって、本当にありがとうございます!
まだ物語は――始まったばかりです。(え?100話も書いてるのに?)
今後とも、
『隣の席のオッドアイギャルは俺の心の声が聞こえるらしい』
をよろしくお願いします!
――夕凪けい




