9.『雷帝』と『魔獣討伐』
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魔獣が棲む『魔の森』にて。
時々光る稲妻と破壊音、魔獣の絶叫をBGMにハルバード辺境伯騎士団の騎士達が音の方を見ながら話していた。
「戦力連れてきた、とは聞いていたが――――『雷帝』とか、聞いてない」
「それなー。いや、マジで」
「にしても、坊ちゃんが『雷帝』だとはなぁ……」
「それな。『雷帝』現れて、マジビビったわ」
「坊ちゃん、まだ『魔力判定』前だろ? それで魔法使えるって……」
「さすが戦神『雷神トール』の愛し子だよ」
「……今回ほど、魔獣や魔物を憐れに思うことはないだろうな……オーバーキルが過ぎる」
「「「「それな」」」」
「アレクセイ様だけでもアレだってのに『雷帝』まで追加って……」
「「「「それなぁ……」」」」
「……俺ら、要る……?」
「それを言うな」
「悲しくなるから言うな」
「存在意義が問われるだろ」
「小物が(二人から)逃げるんだから、それを仕止めないとだろ」
◇◆◇
ハルバード辺境伯領は西隣の国と接している。
西の隣国の辺境伯領とハルバード辺境伯領の国境を覆うように広がる森は、魔獣や魔物が棲む『魔の森』と呼ばれ、人が近づかない場所だ。
何てことない森ならば、森と森を挟むようにある国境に沿って半分に分ければいい――のだが、魔獣や魔物が棲むのだからそうもいかないし、押し付け合うことも出来ない。
片側で魔獣討伐をすれば、溢れた魔獣や魔物が反対側へ行き、被害が出る――ならば、これは手を組んで対処した方が良い、ということで『魔の森』では治外法権が認められている。
年に数回ある繁殖期、同時期に両辺境伯領では大規模な討伐作戦が行われ、数を間引いていた。
――まあ、今はその時期ではないのだけれど。その割に出てくるのはやはり魔獣、魔物の棲む森だからだろう。
「う~ん……」
「どうした?」
「あ、パパ」
左手をわきわきしていると声をかけられた。
振り返ると、「おえー」と言いたそうな、嫌そうな顔をした辺境伯がいた。その表情を見て、自分が辺境伯を“パパ”と最近馴染んできた呼び方を口にしたことに気づく。
「~~~~ッ! 仕方ないだろ! ここ最近、ずっと“パパ呼び”だったんだからッ!」
プイッとそっぽを向く。恥っず! 恥っっっずッ!
右手で顔を扇ぐ。顔が赤くなってる気がする……。あっつー……。
あぁぁぁ……穴があったら入りたいぃぃぃ!
「あー……それで? どうしたんだ、アレックス」
「…………『雷帝』の方で呼んでくれませんかねぇ……? 閣下」
辺境伯に付けてもらった名前を、まともに呼ばれた。
母と乳母からは、愛称だと思われる“アレク”でしか呼ばれたことがないから本名は分からないけど。
ゾワゾワして鳥肌が立つ。
多分、眉間に皺が寄って、変な顔になってると思う。
――あー、うん。“閣下”なんて言ったら嫌そうな顔しそうだなぁ……とは思っていたけど……。予想通り、嫌そうな顔になってる。
それだぞ、それ。今の私の心境、それだぞ。
今の私は『雷帝』と呼ばれる冒険者の姿だ。
一週間近く前に「魔獣討伐に連れれってやるから」と言われた通り、魔獣討伐に駆り出されている。しかし、知らされたのは三日前の夕食の後――食後のお茶でまったりしている時だ。
そして次の日である二日前、魔獣や魔物が棲む『魔の森』と目と鼻の先である砦へ移動し、昨日到着した。
せめて、一週間ぐらい猶予を――――言ってたな、一週間近く前に。有言実行かよ……。
「……その気持ち悪ぃ言い方、やめろ。鳥肌が酷ぇわ……。
――で? さっきからどうしたんだよ、腕輪なんか見て」
「……(酷ぇ言い様……)あー……なんつーか、違和感……? が半端ないなぁ……て」
左手首にある腕輪を見る。
「違和感?」
「……んー……なんて言うか……しっくりしない? 魔力が馴染まない、つーか――【変身魔法】じゃなくて『魔道具』を使ってるから、なのか……」
それとも、二ヵ月近く冒険者姿になっていなかったから?
『生活魔法』や、【変身魔法】【色変魔法】などの『付与魔法』は日常的に使ってはいたが、『魔法属性』――生まれ持った魔法の属性である『雷魔法』は久しぶりに使った。だからだろうか?
「魔法の発動にもラグがあんだよなぁ……」
「……まずもって、詠唱なしで魔法をドカドカ展開出来るお前がおかしいって気づけよ」
「…………乳母からそんなこと教えてもらわなかったが?」
「……」
「……」
「普通は、詠唱を、使う、もん、なんだよ……。
――そーいや、こいつの乳母も規格外だった」
「無詠唱……」と言いながら辺境伯は、頭が痛い……というように片手を額に当てた。
……普通に詠唱なく発動してたわ。なんか、すまん。
けど、【変身魔法】の時はタイムラグなんて無かったからなぁ……。
魔法を展開したら思ったところに発動してたし、なんなら自由自在に扱えていた。……これも転生チート――いや、この場合は『愛し子』の加護に由るもの、か?
「……やっぱ、魔力が馴染んでないだけか……?」
私の左手首にある腕輪が魔道具――『姿を変える腕輪』だ。
『姿を変える腕輪』は銀で作られたシンプルな腕輪で、周りにはデザインのように術式が彫られてある。
中央には、小ぶりながらも純度の高い無色の魔石が三つ使われていて、装着した腕輪の魔石に魔力を流すと、無色だった魔石に色が付き、所有者の腕にフィットすると登録が完了する。
私の場合は目の色なのか、『魔法属性:雷』の色なのか、黄水晶のような色に変わった。
その三つの中でも一番大きな魔石には【変身魔法】の魔法陣が刻まれていて、そこに魔力を流すことでなりたい姿になれるのだ。
そして、もう一度魔石に魔力を流すと元の姿に戻る。
『姿を変える腕輪』は魔獣討伐に行くことを知らされた時――三日前の夜に辺境伯から渡された物だ。
実は、これを冒険者の時に手に入れようと思っていた。
本来の姿と偽装した姿だと年と身長の差があるからか、【変身魔法】の魔力をわりと食う。
二、三時間ほどの短時間なら大丈夫だが、五時間以上の長時間になると正直しんどい。転生チートがあってもだ。
そのため、魔力消費が少なくて済む『姿を変える腕輪』を入手しようと考えたが、中々に高額な魔道具なため、冒険者なりたての下級冒険者には手が出しづらい。
頑張って魔獣討伐をして――気づいたら最上級冒険者になって、『雷帝』なんて呼ばれるようになってて……。
資金も貯まったから魔法や術式、魔法薬、魔道具などの『研究』『解析』『開発』『製造』をしている魔術師のフリーランスが登録している『魔術師ギルド』に魔術に精通し、魔石に魔法陣が彫れる魔道具師を探す依頼を出していた――が、辺境伯と取引をすることになって依頼を取り下げ、入手を諦めた。
契約親子が終了するまで使う機会なんて無いだろうし、持っててもなぁ……と思っていたが、まさかこんな形で手に入れることになろうとは……。
……はっ! 契約親子って、いつ終了だ?! ちゃんとした契約書――『魔法契約書』がいいか?
老執事に間に入ってもらって……。
辺境伯、のらりくらりで取り合ってくれなさそうだしな……。
「とりあえず、まあ……戦えるから無問題?」
「…………お前はまた、意味の分からん言葉を……。多分“問題無い”って意味なんだろ? 見てる限り問題無さそうだしな」
「あーうん。あとは『魔道具』に魔力が馴染めばダイジョブだろ、多分」
この手の魔道具を使うのは初めてだから分からないが。
倒した魔獣を【空間収納】に放り込みながら「とりあえず、一旦、戻る?」と訊ねれば、右の米神をグリグリしている辺境伯から「あぁ……別のことで頭が痛い」と返された。
……それは、なんか……すみません?
◆
本日の魔獣討伐を終え、お風呂でさっぱりした私は、インソールがタオル地になっているサンダルを履いて砦の廊下を歩いていた。
すれ違う騎士さん達が私を見てぎょっとする。
まあ、それは仕方ない。魔獣や魔物と戦う最前線の砦に、居ないはずの幼児が居るんだもん。ビックリするのは仕方ない。
〈えっ……なんで砦に子供が……?〉
〈……あぁ、団長の子だよ〉
〈えっ! 辺境伯の!?〉
何やらコソコソ話す騎士さん二人とすれ違う。若い騎士さんがガン見してくるけど……なんぞ?
――とりあえず、お子様らしい笑顔を振る舞っとくか。
ペコッと、お辞儀。かーらーのぉ~……にぱっと笑顔~。
〈え、かわ……〉
〈……それ以上は口にするな、胸に秘めとけ。団長に絞められるぞ〉
〈……ぇ? なんで?〉
若い騎士さんが、もう一人の騎士さん(多分、先輩)に何か言われて不思議そうな顔をして離れて行く。
……何言われたんだ? 私も気になるんだが……?
「あれ? 坊ちゃん?」
すれ違った騎士さん達を見てたら、進行方向から声をかけられた。
前を向くと、蜂蜜色の短い髪に透き通った碧目の、辺境伯騎士団の黒い制服を着た辺境伯の側近“ハニーさん”がいた。
うん、スーツぽい仕事着より騎士服の方が似合う――というか、合ってる。
元は騎士だったのかな?
「ハンスさん、きょーは、きしふくだ」
「一応、副団長だからね~」
副団長! やっぱりか!
「すごい!」
「先代から引き継いだだけだよ」
“ハニーさん”こと、ハンスさんが言う“先代”とは、前辺境伯が団長を務めていた時、副団長だった人のことだ。
前辺境伯が亡くなって、辺境伯が爵位を引き継ぐまで団長代理を務めていたそうだが、辺境伯が辺境伯になって自動的に団長になったら、とっとと引退しちゃったんだって。
なんでも、王都に嫁いだ末娘に子が出来たから会いに行ったとか。爺バカに目覚めたようだ。
「坊ちゃん、今日はもう『雷帝』じゃないんだね~」
「ほんじつのえーぎょーは、しゅーりょーしましたー」
「お風呂入ってさっぱりしたみたいだしね~」
しゃがんで目線を合わせてきたハニーさんが、私の首に掛けていたタオルで、まだ少し濡れている髪をわしゃわしゃ拭きだす。
「わっ、わ」
「ほら、ちゃんと乾かさないと! 砦はまだ夜は寒いからね、風邪引いちゃうよ」
「はーい」
ボサボサになった髪を手で整えながら、ハニーさんが私に声をかけてきたことを思い出した。
「ハンスさん、ぼくになにかよーだった?」
「あぁ、アレクセイが坊ちゃんと食事しよう――て、そんな嫌そうな顔しないでよ。正確には『メシ食うから連れてこい』だったけど」
『食事しよう』に思わず、しかめっ面になってしまったようだ……。すまぬ。
だって、辺境伯が食事しよう、なんて言わないよー(偏見)
いつも口、悪いもの。
後半の『メシ食うから連れてこい』は言いそう。
「……へんきょーはくおやこが、しょくどーいったら……きしだんのひとの、めーわくじゃない? ――ごはん、たべづらそー……」
「食事は部屋に運ぶから大丈夫」
「あぁ、そー……」
――と、いうことで辺境伯と砦で夕飯です。