4.『ルーティン』と『クローバー』
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「……しらないてんじょーだ……」
いや、知ってる。思わず呟いちゃっただけ。
薄暗い中、もぞもぞと起き上がり、チラリと視線を隣にやると、こんもりとした山。
そのまま視線を枕の方へずらしていくと――黒髪が見えた。辺境伯が寝ている。辺境伯の寝室だから当たり前なんだけど……。
頭を抱える。
その様は『お酒の飲みすぎで記憶が無い。だけど多分、一夜の過ち冒しちゃったぞ、これぇぇぇ!』に見えるだろう――五歳児だけどね。
前世でも、そんな経験したこと無いから分からない。けど、そんな気分だ――五歳児だけど。
どうも、私が寝てる間に辺境伯が私を寝室に拉致っているのだ。
元からあったのか、客室を改装したのかは判らないが、辺境伯家で世話になっている私は、与えられた子供部屋で就寝している。
だが、目を覚ますと、いつも隣に辺境伯が寝ていて――――訳が分からず、初日は軽くパニックになった。
寝る前、別れましたよね?! と。
三日目あたりで見慣れた知らない天井に「あ、またか……」と悟った。あと寝込みを襲うな。
――と、いうことで、いつも通り辺境伯の寝室で目が覚めた。
なんで、いつもこう……。
顔を覆った両手の、指の隙間から半目で正面を見ていると、お腹に圧迫感。見ると腕が回されている。
「……まだ早い、寝ろ」
寝起きの、色気ダダ漏れな掠れた声をかけられ、有無を言う前にポスーンとベッドに寝かされる。
そして、穏やかな顔でお腹を優しくゆっくり、ぽんぽんと叩かれ――――二度寝確定だ、おやすみ。すやぁ……
次に目を覚ますのは老執事に起こされる時だ。
◆
老執事に起こされ、顔を洗う。ふわふわタオルで顔を拭きながら『生活魔法』の【洗浄】で口の中を洗浄。お口、スッキリ☆
そして老執事に連れられ子供部屋に戻って、着替える。
パジャマを脱いで、辺境伯家に着いた初日には既に用意されていた子供服。
今日はその一着、白い半袖シャツに腕を通し紺色の膝丈のズボンと白い靴下、黒いエナメルの靴を履く。
肩に届くぐらいの長さの髪を軽くブラッシングされると、赤い髪紐でハーフアップに結う。
最後にシャツの襟元で髪紐とお揃いの赤いリボンタイを結んで、お着替え完了だ。
着替えが終わると、こちらも着替えを終えた辺境伯が迎えにきて、共に食堂へ向かう――抱き抱えられて。
たまには歩かせてくれ……。
――これが、ここ最近のルーティンだ。
朝食は子供用の椅子とカトラリーのおかげで、スープやサラダを溢さなかったのは幸いだ――手がプルプルしちゃったけどね。
大人用のカトラリーって子供には重い。大人用だったら確実に溢しちゃってたかもしれない。
鍛えないとなぁ……。
――にしても準備が良い。部屋、服、食器と揃っているなんて……事前に知らせてたんだっけ? そう言えば。
朝食の後は、部屋に戻ってお勉強だ。
偽物とはいえ、辺境伯の息子になったのだから読み書きと最低限のマナーは知っておかないと、と思って。
いつか何処かに“お呼ばれ”するかもしれない。その時、“知らない”じゃ恥をかくのは辺境伯家だ。
辺境伯に恥をかかせる訳にはいかないからね。
あとは老執事にお任せ。知らなくていいことは教えないだろう。
おやつの時間を挟みつつ、午前中は部屋でお勉強。
お昼に食堂へ拉致られ昼食。昼休憩の後は――
「おにわの……たんさく~!」
辺境伯が渋々執務室へ向かうのを見送り、私は老執事と護衛と共に中庭へ来ていた。
敷地内で護衛とは……?
いや、辺境伯のご子息には必要か、うん。
本当は馬を見に行きたかったんだけど、辺境伯が「目の届く範囲に居ろ」って言うから執務室から見える中庭に来たのだ。
いい大人がワガママだなぁ……馬ぐらい見せろよ、ウマぁ。
――今度は門から玄関までの広い庭に行こ。
中庭は昨日、お茶をした場所だ。ここはここで中々に広い。昨日行かなかったとこに行こうかな。
……寝っ転がったら気持ち良さそう…………いやいや。そんなことしたら服、汚しちゃう。
いや、【洗浄】か【浄化】を使えば……いやいやいや。
「あ! シロツメクサ!」
芝生に寝っ転がりたい気持ちを抑えつつ、花壇や植木を見て回っている途中、白詰草が目に入り、そこにしゃがみ込む。
「よつばのクローバー、ないかな~」
葉っぱをかき分け、四つ葉を探す。無かったら次の白詰草の群生? へ移動し、また探す――を何度か繰り返す。
……あれ? 私、何してたんだっけ??
小首を傾げる。
「あ! このクローバー、かたちがいー!」
プチっと三つ葉のクローバーを摘んで目より高い位置にまで手を上げる。
まっ、いっか!
◆
「ピッ」
冷たい物が首筋に当たり、驚いて変な声が出た。
四つ葉のクローバーを探すのに結構集中していたようで、いつの間にか自分を覆うような影が出来ていた。
振り向くと、水が入ったグラスを手に持ち、笑いを堪えるように右手で口を抑え、顔を背けた辺境伯が立っていた。
心なしか震えているような……?
あのグラスを私の首に当てたな? 結露ってるからめっちゃ冷えてるぞ、あれ。
「……パパ」
「『ピッ』って……」
「ぅんもぉ……! ビックリしたら、こえでるでしょ!
――わらうならわらえ! ひとおもいにッ」
恨めしそうに声をかければ、辺境伯の声が震え出す。
笑うのを我慢されてる方が恥ずかしい!
私が言ったからか、しゃがんで「ふっ、ふふ」と笑い出した。くそーぅ!
「何に夢中になってんのかと思えば……草なんか見てて楽しいか?」
「くさ……たしかに、くさだけど……。
よつばのクローバーさがしてたの」
立ち上がって、笑い終わった辺境伯に見つけた四つ葉のクローバーを見せる。
見つけられたのは二つだけだったけど。
「こーうんの、よつばのクローバー」
「あー……だから幸運のお守りとか、そーゆう系のアミュレットは四つ葉のモチーフが付いてんのか……。
つか、この二枚以外は普通のクローバーじゃねーか」
「それはね、かたちがよかったから、とったの」
「ンなもん取ってどーすんだよ」
「ふつーのクローバーは、おしばなにして“しおり”つくろーかなぁ~って。
よつばのほうは、|かこーして、アクセサリーにするつもり~」
「栞とアクセサリーねぇ……それはそうと、水分補給しろ」
「ん」
両手に持っていた四つ葉と三つ葉のクローバーを地面に落とす――ように【空間収納】に入れ、辺境伯から渡されたグラスを受け取り、口をつける。
レモン水かな? 思っていた以上に喉が渇いていたようで、ゴクゴク飲む。
「……おい、クローバーどこにやった」
「ぷはー。えぇ? くーかんしゅーのーの、なかだけど?」
「空間収納…………お前に魔法教えたやつ、誰だよ」
「うん? ――うばだよ?」
私が【空間収納】を使えるのは知ってるはずなんだけど……そんなに変な使い方だった?
「慣れたら簡単にどこにでも収納できるようになりますよ~」って言ってたんだけど……。
「……乳母? 名門生まれかよ、その乳母」
「しらなーい。でも、ぼつらくしたって、ゆってた。
――めーもんなら、ぼつらくしないんじゃない?」
「名門でも没落する時ゃ、する」
「ふ~ん」
……そりゃそうか。
乳母、魔術の名門出身疑惑――――隣国だから確認のしようがないな。
「坊ちゃま、休憩にしましょうか」
「あ、はーい!」
老執事に声をかけられ、そちらを見ると、いつの間にかメイドさん数人が居て、お茶の席が用意されていた。
飲み終わったグラスを落とさないよう、しっかり両手で持って向かう。
今回は一人で歩いて行ける……! ――と思ったのに、後ろから脇の下に腕を通すように抱えられ、辺境伯の腕にぶら下がるような格好になった。
その時にグラスを落としそうになったが、辺境伯が難なくキャッチ。
そのままの格好でお茶の席に……。
私は猫か……?
この時も、チベットスナギツネのような顔になっていた……。お痛わしや、坊ちゃま(笑)




