第6話 アミアン=ミュルーズ男爵令嬢視点、婚約破棄劇
「これって……アタイの勝ち、だよねン♡」
王都のど真ん中、まるで宝石箱みたいな白亜の講堂。天井のステンドグラスから差し込む七色の光が、アタイのピンクの巻き髪をきらきら照らしてたン♡
今日は卒業式――アタイの新しい人生の始まりにふさわしい、最高の舞台だって思ったの。
だって、今日こそ“あの人”と結ばれる日なんだもン♡
「カストル様……」って、誰か? フフン、それはもちろん――アタイの運命の人、カストル=アングレーム様ン!
あの大きな体と、ちょっと乱暴な言葉遣い……最初はビックリしたけど、すぐに分かったン♡ この人、アタイのこと本気で見てくれてるって。
だって、あのアンジェ=オルレアンとの婚約があるのに、アタイとコッソリ会ってくれてたンだもン♡
夜の廊下で手を握ってくれた時、「お前といる方がずっと楽しい」って言ってくれた……あの瞬間から、アタイは、もう彼の「本当の婚約者」だったン。
あんなお堅くて気取ったオルレアン嬢なんて、カストル様には似合わないン! アンタが“銀の才女”とか“優等生”とか呼ばれてるのは知ってるけど、恋愛のことになるとサッパリじゃん? ずっと魔道具とにらめっこしてるような女の子に、カストル様の情熱、受け止められるわけないン♡
だから――アタイ、決めたン。今日こそ、全部終わらせるって。
……こっそり、証拠もそろえたの。アンジェさんがアタイのこと悪く言ってたって“手紙”とか、“窓に彫った文字”とか♡ ナンシーちゃんも協力してくれたン。あの子もアンジェさんのこと嫌いみたいだったから、すぐ話が合ったンよ。
準備は完璧。あとは、カストル様が“決定打”を放つだけ――そう思ってた、その時だった。
「アンジェ=オルレアン嬢!」
講堂に響くカストル様の声に、空気が一瞬で凍った気がしたン。
「俺は、おまえとの婚約を――ここで破棄する!」
……きた。やったン! ついに来たンよ、アタイたちの「はじまり」の瞬間♡
会場がざわざわし始める中、アンジェさんの顔がみるみる真っ青になっていくのが、よく見えたン。
「な、何を言って……?」
ふふ、可哀想。でも、しょうがないン。恋って戦争だって誰かが言ってたンよ?
「理由は明白だ!」
カストル様が言って、アタイの方をビシッと指差した。アタイはニコッと笑って、胸元をクイッと寄せるポーズ♡ やっぱ、ここぞって時はビジュが勝負ン。
「アミアン嬢をいじめていたって話だ!」
あーん♡ そのセリフ、もう100回はリピートしたいくらい嬉しかったン!
「アンジェさんって、アタイのこと“乳だけのぶりっこ”って呼んでたン♡ 証拠もあるン。手紙もあるし、窓に彫られた文字も♡」
これにはざわめきも最高潮。アンジェさん、泣きそうな顔してた。ううん、泣いてたン。
「そ、そんな馬鹿な……っ!」
でももう遅いン。アタイの涙ながらの訴えも効いてたし、ナンシーちゃんの証言もバッチリ。あの子も「姉さまなんて、いつも自分のことばっかり」って怒ってたから、きっとこれが正義ン♡
それに――誰も、アンジェさんの味方をしなかった。
ねえ、あんた気づいたン? あんなに優等生で完璧だったのに……最後は、誰も手を差し伸べてくれないなんて。フフン、これが“孤独の罰”ってヤツン♡
でもね――ただひとりだけ、アタイの気になった存在がいたン。
壇の端に立っていた、あの人。
ランス=フリューゲン。金の髪に、澄んだ青い瞳。学院でもっとも注目されてた王子様。アタイも、何度も憧れたンよ? だけど、彼の心は、ずっとアンジェさんにあった。
「……ランス、様……?」
アンジェさんが、かすれた声で名前を呼んだ。なのに、彼は――
見ているだけだった。
声も、動きもない。冷たいって言うよりも、何かに縛られてるみたいだった。
(それでいいン……アタイの邪魔、しないで)
心の中でそう思いながらも、どうしてか、胸がチクリとしたン。あのまなざしの奥に、かすかな迷い――いや、悲しみがあったような気がしたから。
それでも、彼は何も言わなかった。何も、しなかった。
そして、校長先生の判決が下された。
「アンジェ=オルレアン嬢。複数の証言と証拠に基づき、重大な素行不良があったと判断する。よって、今後の爵位継承および家格に関して、王宮に報告がなされる」
その瞬間、アンジェさんの目から光が消えた気がしたン。
でも、それがどうしたの? アタイは勝ったン。カストル様の隣に立つのはアタイ。未来を歩むのはアタイ。……そう、思ってた。
なのに――
「わたくしは――絶対に、負けませんわ」
彼女はそう言って、涙をこらえて立ち上がったン。ボロボロの顔じゃなかった。なんか……すごく、強い目だった。
(な、なによ……ズルいン、そんな目……)
アタイの胸がズキンと痛んだのは、気のせいじゃなかった。アンジェさんは、誰も信じてくれなくても、負けなかった。
講堂を出ていくその背中を、誰も追いかけなかった。アタイも、もちろん追いかけなかった。
でも――ランス様だけは、目を逸らさずに、ずっと彼女を見送っていた。
その青い瞳の奥に浮かぶ迷いに、アタイは初めて気づいた。
(……まさか、まだ……)
胸がぎゅっとなった。
アタイは勝ったはずなのに――なぜか、少しも嬉しくなかったン。
だって、あの青い瞳は――
まだ、アンジェ=オルレアンを見つめていたから。