表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/45

第43話 ルクレッア王妃から見たランスの活躍

フリューゲン王国、王城のバルコニーからは、夜明けの光が差し込んでいた。


昨夜の騒動――いや、あれはもはや“事件”だった。怪盗ブラックの乱入、ブレスコ伯の裏切りの告発、そして……アンジェ=オルレアン嬢の解放。


私は静かに紅茶を口に運びながら、空の淡い金色に目を細めた。


「……ランス、あなたは本当に、父親に似て頑固な子」


呟きに返事はない。だが、心の中にはっきりと息子の顔が浮かんでくる。


彼が“怪盗ブラック”だと気づいたのは、そう、あの子が初めて仮面舞踏会に出た時だった。


銀の髪、緑の瞳……私の大切な友、シャルロットに瓜二つで。


「きっと、あの子の娘に……アンジェに何かあったのね」


シャルロット。十年前に病に倒れた、私の学友。無邪気で、聡明で、そして何より、誰よりも優しかった。


その娘、アンジェ=オルレアン嬢が、今や息子の心を奪っている。


それは、母親である私にも手に取るように分かる。


ランスは昔から、自分の大切なものを簡単には口にしない子だった。


けれど、目を見れば分かる。話し方を聞けば分かる。


彼の瞳がアンジェ嬢を見るとき――まるで世界がそこだけ光に包まれるように見えるのだもの。


「ふふ……恋する少年の目、ね」


紅茶を置き、私は机の上に広げられた報告書に目を落とす。


そこには昨夜の事件の詳細、怪盗ブラックが暴いた証拠、アンジェ嬢の父であるアントニー伯の罪状、そしてブレスコ伯の連行記録が、整然と記されていた。


「なんてこと……あの子は、こんなにも酷い仕打ちを受けていたのね」


シャルロットの娘が――こんな目に遭っていた。


そしてそれを救ったのが、我が子ランスだった。


王妃としては、複雑だ。王子が怪盗として動くなど、本来ならば許されることではない。


けれど――母としてなら、分かる。


あの子は、正義のために動いた。


そして、恋する少女を助けるために、命をかけた。


シャルロットが生きていたら、なんと言っただろう。


「きっと……笑って、『ありがとう』って、言うわね」


風が吹き、バルコニーのカーテンがふわりと舞った。


その瞬間、庭園の方から二つの声が届く。


「ボクのこと、もっと頼ってくれていいんだよ?」


「……わたくし、そんなに弱くありませんわ。けれど……少しだけ、甘えてもいい、かしら?」


微笑が漏れる。なんて、初々しいのでしょう。


振り返ると、そこにはランスとアンジェ嬢が、庭園の噴水の前で言葉を交わしていた。


アンジェ嬢の頬が、ふわりと赤く染まっていくのが遠目にも分かる。


シャルロット、見ているかしら。あなたの娘は、今、とても素敵な恋をしているわよ。


そして私の息子は、あなたの娘のために、世界を敵に回す覚悟を持ったのよ。


「ランス。あなたが選んだ道が、たとえ王族にあるまじき道であっても……」


私はそっと、胸元のロケットペンダントを握りしめた。


中には、かつての私たち三人――シャルロット、私、そしてもう一人の親友の笑顔が写っている。


「母は、誇りに思うわ」


王妃の務めは、王国を支えること。


けれど、母の務めは、子の幸せを願うこと。


もし、ランスがアンジェ嬢と手を取り合って未来を歩むのなら……私は、全力でその道を支えましょう。


「ルクレッア様、そろそろ王のお呼びが」


侍女の声に、私は頷いた。


王妃としての顔を取り戻し、立ち上がる。


けれど――心の中では、まだ庭の二人の姿を焼き付けている。


「……いつか、彼女を王城に迎える日が来るかしらね」


それは、亡き友への約束でもある。


そして、母としての祈りでもある。


夜明けの光が、二人を優しく包んでいた。


それは、未来を照らす予兆のように見えた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ