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第30話 怪盗ブラック 予告状

◆ ◆ ◆


 朝靄に包まれた王都。まだ眠気の残る空気のなか、太陽が東の空から顔を覗かせる。

 その光は、ゆっくりと石畳を照らし、中央広場の掲示板を黄金色に染め上げた。


 そこに――一枚の紙が貼られていた。


 黒い封蝋で留められたその文は、まるで芝居の道具のように、非日常の気配を放っていた。最初に気づいたのは、学院の制服を着た少年だった。


「お、おい! こ、これって……!」


 その声は朝の静けさを破り、まるで鐘の音のように響いた。すぐに、広場にいた者たちが駆け寄る。


「なになに、どうしたの?」


「予告状……だと?」


「うそ……!」


 紙には、こう記されていた。


『告


 ブレスコ=レコニアン伯爵殿へ


 いたいけな少女が、望まぬ鎖につながれようとしている。


 わたしは、それを許さない。


 婚礼の日、アンジェ=オルレアン嬢を“盗み”に参上する。


 ――怪盗ブラック』


「か、怪盗ブラック……!」


「予告状!? これ、本物じゃないの!?」


「見て、“アンジェ=オルレアン嬢”って書いてある……!」


 騒ぎは瞬く間に広がった。見物人は増え続け、掲示板の前にはあっという間に黒山の人だかりができた。


「オルレアン家って、あの西領の名門でしょ?」


「たしか……アンジェ嬢って、学院でも有名な魔道具オタクって噂の……」


「そうそう! あの美人の……! でも、彼女、ブレスコ伯爵と婚約させられたんでしょ? しかも三十以上も年上の……!」


「うわ、それじゃまるで政略結婚じゃん!」


「ってことは、この怪盗ブラックって人……アンジェ嬢を助けようとしてるの!?」


「恋人……なのかな!?」


「もしかして……駆け落ち!?」


 誰からともなく飛び出した憶測が憶測を呼び、広場はもう朝からお祭り騒ぎだった。


 一方――王都の北に位置する貴族街では、騒ぎが屋敷のなかにも届き始めていた。


「奥様! 奥様、大変ですっ!」


「なにごと? 朝からそんなに慌てて……」


「これをご覧ください。中央広場に貼り出された予告状でございます!」


 女中が差し出したのは、写し取られた紙だった。受け取った夫人――モントルイユ侯爵夫人は、一読して目を見開いた。


「まあ……これは……アンジェが……!?」


「はい。あの“怪盗ブラック”が、お嬢様を婚礼の日に“盗みに来る”と……!」


「なんてこと……!」


 と、言いながらも、彼女の目はどこか輝いていた。


「アンジェ嬢……あの子、やっぱり嫌だったのね。ブレスコ伯爵との結婚なんて……」


「三十も年上のおじ様相手なんて、さすがに気の毒すぎます!」


「それに、あの伯爵、どうも裏で怪しいことやってるって噂もありますし……」


「でも、怪盗にさらわれるなんて……スキャンダルですわ! でも……なんてロマンティック……」


 扇子を口元にあて、夫人はふるふると肩を震わせる。


 ちょうどその頃――学院の講義棟のベンチで、マシー=シャトールもまた、手紙の写しを見て憤っていた。


「……やっぱり無理やりだったんだ、あの婚約」


 茶髪を揺らしながら、彼女は唇を噛む。


「アンジェ、あんなに明るい顔をしてたけど……ずっと、ひとりで我慢してたんだ」


「でも……怪盗ブラックって、本当に現れたりするのかな?」


 隣にいた友人が小さく問いかける。


「信じたい……信じたいけど……!」


 そのとき、風が学院の塔を吹き抜けた。


 中庭のベンチで本を読む金髪の少年が、ふと視線を空へ向ける。


「……ボクの名前が広まってる。なかなか盛り上がってきたね」


 ランス=フリューゲン。フリューゲン王国の第三王子にして、王立魔法学院の生徒。

 だが彼には、もう一つの顔がある。


 “怪盗ブラック”。


 魔法で髪と瞳の色を変え、正体を隠したまま、貴族の裏を暴く謎の怪盗。

 それが彼の“夜の顔”だった。


「正義のため? まあ、それもあるけど――」


 ランスは、懐から小さな魔道具を取り出す。それは、以前アンジェと一緒に作った試作品だった。


「……君が、笑ってくれるなら。それで十分なんだよ」


 風が吹き抜ける。彼の金の髪がなびいた。


「アンジェ。君はもう、誰にも縛られなくていい」


 その瞳は、遠くのどこか――


 婚礼の日の、その先を見据えていた。

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