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第3話 カストル=アングレームからみた婚約破棄

「俺は……自由になりたかっただけだ」

卒業式ってのは、もっと静かなもんだと思ってた。


天井のガラスから差し込む光が、白い講堂を七色に染めてる。立ち並ぶ同級生たち、整然と並んだ椅子、つまんなそうな校長の長い話。


だが、今日の俺は違う。今日こそ……全部終わらせるって決めてた。


「アンジェ=オルレアン嬢!」


声を張ると、講堂の空気がビクリと揺れた。壇上から、俺は真っすぐ前を見据える。


そこにいるのは、銀髪の女――アンジェ。俺の“婚約者”。


……いや、違う。今日でその肩書きは終わりだ。


「俺は、おまえとの婚約を――ここで破棄する!」


どよめきが広がる。分かってた。驚くだろうな。だが、俺の気持ちはもう決まってる。


こいつとは、最初から合わなかった。


完璧で、いつも笑ってて、周りからは「才女」だの「オルレアン家の誇り」だの持ち上げられてる。俺のことなんか、見下してるに決まってるって、ずっと思ってた。


……本当は、ただ怖かっただけかもしれない。こいつが眩しすぎて、自分がちっぽけに見えて――それが、すげえ悔しくて、嫌だった。


そんな時だった。アイツに出会ったのは。


アミアン=ミュルーズ。


桃色の巻き髪、黄色い瞳、ちょっとアホっぽい喋り方。だけど、いつも俺の顔をちゃんと見て、笑ってくれた。


「カストル様って、強くて頼れるン♡」

「アンジェさんなんかより、アタイの方がずっとカストル様にお似合いン♡」


最初はただのお世辞かと思ってた。でも、いつの間にか、そいつの言葉に救われてたんだ。


「理由は明白だ!」


俺は叫ぶ。言い訳がましいかもしれねぇ。でも、ちゃんとケジメはつけたかった。


「アミアン嬢をいじめていたって話だ!」


俺が指差すと、アミアンが前に出てくる。小柄なくせに堂々としてて、ちょっと胸を張るような仕草に、またドキッとする。


「アンジェさんって、アタイのこと“乳だけのぶりっこ”って呼んでたン♡ 証拠もあるン。手紙もあるし、窓に彫られた文字も♡」


……嘘だって、内心分かってた。いや、嘘って断言できる証拠はないけど、本当のアンジェがそんなことするとは思えなかった。


でも、それでもよかった。


この場で婚約を破棄する、っていう“理由”が欲しかっただけなんだ。


アンジェは顔を真っ青にして、何か言おうとしてる。でも、その言葉は講堂のざわめきにかき消された。


「そんな……わたくし、していません!」


……知ってるよ、たぶん、してないんだろうな。でも、もう戻れない。戻る気もなかった。


アンジェの視線が俺を離れて、壇の端――ランス=フリューゲンの方へ向いた。


そうか、こいつ……最後に頼るのは、あの王子様か。


だけど、そいつも何も言わなかった。ただ、見てただけ。


あいつの瞳に浮かぶ迷いを、俺は見逃さなかった。


(お前も、黙るのかよ)


なんだか胸がざわざわした。


アンジェの声が震えてた。


「……誰か、わたくしの言葉を信じて……!」


講堂中の視線が冷たかった。あれだけ慕われてたアンジェなのに、今は誰一人として味方しない。


……まるで魔女裁判だ。そんな言葉が浮かんだ。


でも、それでも、俺は黙ってた。今さら止めることなんてできない。引き返したら、自分の弱さだけが残る気がした。


校長が重々しい声で言う。


「アンジェ=オルレアン嬢。複数の証言と証拠に基づき、重大な素行不良があったと判断する。よって、今後の爵位継承および家格に関して、王宮に報告がなされる」


誰かの人生が壊れていく音がした。


それでも俺は……何も言えなかった。


だって、俺が欲しかったのは「自由」だった。


アンジェと一緒にいることが重荷だった。こっちの努力もプライドも、何もかも彼女の「優等生」という肩書きに押し潰されていく気がして。


俺は、俺のままでいられる場所が欲しかっただけだ。


アミアンといる時だけは、バカみたいに笑えて、何も考えずにいられた。あの時間が、何よりも心地よかったんだ。


でも――


「わたくしは――絶対に、負けませんわ」


アンジェは、静かに立ち上がった。


ボロボロの姿でも、泣き崩れるでもなく、ただ、まっすぐに前を向いてた。


……やっぱり、強ぇな。あいつ。


講堂を出ていく背中に、誰も何も言わなかった。


アミアンがそっと俺の袖を掴む。「やったね♡」とでも言いたげな笑顔だった。でも、俺の胸はなぜか、締めつけられるようだった。


ランス=フリューゲンが、じっとアンジェを見てた。あの青い瞳に、言葉にならない何かが浮かんでた。


(お前……今さら何を思ってる)


俺は目を伏せた。見たくなかった。


何もかも失って、それでも前を向いて歩いていった女。


誰よりも誇り高く、美しかった女。


――それが、俺の婚約者だった。


……だけど、もう、違う。


違うんだ。


「自由になったんだ。これで、俺は……」


そう呟いた俺の声は、七色の光の中に、誰にも届かずに消えていった。

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