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第23話 レコニアン伯爵ブレスコから見たアンジェとその母シャルロットとの因縁

あれは、まだ若かりし頃のことだ。


王宮の庭園で彼女を見かけた瞬間、時が止まったように感じた――シャルロット=オルレアン。あの銀髪に、氷を溶かすような微笑み。そして、まっすぐな瞳。


「まったく、あの女は……罪作りだったよ」


レコニアン伯爵ブレスコは、執務室の重厚な椅子に身を沈め、グラスの赤ワインをくるくると回しながら独り言をつぶやいた。あの頃、貴族の間では誰もが彼女に憧れていた。だが、シャルロットは誰の誘いにも靡かず、やがてあの偏屈なアントニーに嫁いだ。


「見る目のない女だったな。……いや、あれは見る目があったのか。わたしのような人間を避けるという意味ではな」


だが、運命というのは、じつに気まぐれだ。


あのシャルロットの娘――アンジェという名だったか――が、今、わたしの妻として差し出されるというのだから。


「ふ、ふふふ……ふははは!」


喉の奥で笑いが漏れ、ついには爆笑がこみあげた。思わずワイングラスの縁が震え、深紅の液体がわずかにこぼれ落ちる。


「世代を超えて、わたしのもとにやってくるとはな……運命よ、実に皮肉だ!」


あの娘を初めて間近で見たのは、先日の夜会だった。オルレアン伯爵家の付き添いとして控えていたその姿は、まさにシャルロットの面影そのまま。銀の髪に、翠玉のような瞳。若々しい肌に、控えめな気品。だが、何よりも気に入ったのは――その、うつむいた目の奥にあった諦めの色だった。


「あれは、良い。実に、よい……」


伯爵はゆっくりと立ち上がり、大理石の床を歩いた。マントの裾が床を這い、杖の金の飾りがカツン、と響く。高齢といってもまだ五十を越えたばかり。この国では、貴族の男など七十までは現役なのだ。若い娘の一人や二人、手に入れるのが何だというのか。


「貴族派に属する利点を、存分に活用させてもらったまでのことだ」


そう、最近では王党派の若造どもが鼻につく。自由だの改革だのと戯言を抜かす輩も多くなった。だからこそ、わたしのような“伝統ある者”が若き美を娶るという事実は、意味がある。見せつけるのだ。我々こそが、いまだにこの国の中枢であると。


「シャルロットの娘……アンジェ・オルレアン。あの女の面影をまといながら、決して母と同じ運命は辿れぬということを、骨の髄まで教えてやるとも」


レコニアンは、執事から届いた報告書に目を通した。アンジェは魔道具に興味を持つ変わり者らしい。ふん、無駄な趣味だ。嫁となる女に必要なのは、芸術でも学問でもない。静かに、従順に、館の奥に座していること。それだけだ。


「いいだろう。しばらくは、おとなしくしておいてやる。だが――」


その先は言葉にせず、口元に浮かべた薄笑みだけで済ませた。


執事が扉をノックし、入室の許可を得る。


「伯爵様、オルレアン家より、輿入れの日取りが正式に確定したとの報せでございます」


「ほう……」


レコニアンはわざとらしく顔を上げた。


「それで、あの娘の様子はどうだ?」


「かなり緊張されている様子とのこと。ですが、逆らう気配はございません」


「ふふ、それでこそだ。娘は従順が一番よ。母親と違ってな」


グラスの中のワインを一気に飲み干すと、レコニアンは手をひらりと振った。


「準備を進めよ。花嫁衣装は控えめに、だが素材だけは最上のものを。わたしが恥をかかぬようにな」


「はっ。かしこまりました」


執事が退出し、再び静寂が訪れる。窓の外では冬の曇り空に鳥が一羽、静かに飛んでいた。


「シャルロット……」


呟くように、もう一度、彼女の名を口にする。


「おまえが拒んだこの手を、おまえの娘がとるのだ。……いいだろう。娘には、おまえ以上の忠誠を誓わせてやる。なに、時間はたっぷりある」


重く長い溜息を吐き、レコニアンは椅子に深く腰を下ろした。


「娘よ……その瞳に宿るあの輝き。あれを少しずつ削り取っていくのが楽しみだ……ふふふ、ふははは……!」


室内に響いた嗤い声は、やがて誰もいない空間に溶けていった。


――すべては、貴族派の栄光のために。


――そして、彼自身の、欲望と復讐のために。

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