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第2話 アンジェの同級生レオナルド=ヴァルブランシュから見た婚約破棄劇場

レオナルド=ヴァルブランシュ視点:断罪の講堂


王立魔法学院の卒業式――

白亜の講堂に七色の光が差し込む中、俺たちは最後の式典を迎えていた。


だけど、その静謐を破ったのは、あまりにも唐突な叫び声だった。


「アンジェ=オルレアン嬢! 俺は、おまえとの婚約を――ここで破棄する!」


耳を疑った。壇上に立つ赤髪の男――カストル=アングレームが、満場の中でそう叫んだのだ。


「な……何を言ってるんだ、あいつ……!?」


俺は思わず隣の友人にささやいた。だが、彼は蒼白になり、口をつぐんだ。


そして次の瞬間、カストルが指差した先にいたのは、ピンク色の巻き髪の女――アミアン=ミュルーズ。


「アンジェさんって、アタイのこと“乳だけのぶりっこ”って呼んでたン♡ 証拠もあるン。手紙もあるし、窓に彫られた文字も♡」


――そんな馬鹿な。


思わず、立ち上がりかけた。だけど……俺の足は、動かなかった。


視線は自然と壇の端へ。そこにいたのは、我らが第三王子――ランス=フリューゲン。


彼が……動かない。


まるで、すべてを見透かしたように。いや、それどころか……その視線は、わずかに逸れていた。


「王子殿下……なぜ、何も言わないんですか……」


アンジェ嬢がどれだけ努力家で、どれだけ人一倍真面目だったか、俺は知っている。


人当たりは丁寧で、気位は高いが、それは誇りだ。誰かを貶めるようなこと、するはずがない。


――少なくとも、俺はそう信じている。


なのに、この場には……誰ひとりとして、声を上げる者がいない。


「まるで……処刑を待つ罪人を見るような目だな……」


呟いた言葉が、自分の喉を苦しめた。


「俺たちは……なんて卑怯なんだ」


隣の席で、緊張に手を震わせる女子生徒が小声で囁いた。


「でも……あの王子様が黙ってるのに、私たちが反論なんて……できるわけ、ないじゃない……」


……そうだ。


ランス=フリューゲン王子。この場で最も力ある存在。貴族の子女たちは、彼の一言に従う。教師ですら、彼の言葉をうかがう。


「つまり……殿下が動かない限り、この場でアンジェ嬢を庇うことは、“逆らう”って意味になるのか」


なんという不条理。


いや、これは……恐怖だ。


校長が無情に言い放つ。


「アンジェ=オルレアン嬢。複数の証言と証拠に基づき、重大な素行不良があったと判断する」


「待ってください!」と、叫びたかった。


だけど、声が出なかった。


何もできず、ただ壇上のアンジェ嬢が涙をこらえながら立ち上がるのを見ているだけだった。


「わたくしは――絶対に、負けませんわ」


その毅然とした声に、心が軋んだ。


誰も手を差し伸べない中で、彼女だけが、堂々と歩み去っていった。


――どれだけ、強い人なんだ。


その背中に、誰も声をかけなかった。


ランス=フリューゲン王子。


貴方は、なぜ黙っていたのですか?


彼女と笑い合っていたあの日々は、本当だったのでしょう?


自作の魔道具を見せ合い、魔法の研究について語り合っていた、その時間が――


「殿下……あなたの、その沈黙が……俺たち全員を縛ったんですよ……」


罪悪感と怒りと、そして――


悔しさで、俺の拳は震えた。


誰もが目を伏せる中で、ランス殿下だけが、最後までアンジェ嬢の背を見つめていた。


その青い瞳に、確かに揺らぎがあった。


でも、それだけだった。


――一歩、踏み出せなかった王子。


だからこそ、俺たちも一歩を踏み出せなかった。


それが、真実だ。


「……許せない。俺は……このままでは終われない」


あの人は、言った。


“負けませんわ”と。


ならば、俺も。


いつか必ず、この誤解を正す時が来ると信じて。


俺は、見ていた。あの背中を。


そして、心に誓った。


いつか、あの人の名誉を取り戻す戦いに、自分も身を投じると。


これは、ただの婚約破棄劇ではない。


――真実を捻じ曲げた沈黙の共犯者たちへの、断罪の序章なのだ。



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