第14話 アントニー=オルレアン視点、アンジェの婚約破棄劇
アンジェが俯いたままその場を去っていくのを、私はただ無表情に見送った。
何を悲しげな顔をしている。自業自得ではないか。
婚約破棄だと聞かされたとき、正直、驚きはしなかった。あの子には“社交”というものが決定的に欠けていた。貴族の娘であるならば、己の立場を理解し、言葉を選び、空気を読むべきだったのに――あの子はいつも、自分の感情を先に出す。まるであの女、シャルロットそっくりだった。
私の妻でありながら、あの女は常に私を軽んじていた。私が望む従順さも、柔らかな気遣いも、彼女は持ち合わせていなかった。口を開けば理屈と理想ばかり。貴族の女とは思えぬ生き方を貫こうとする姿は、傲慢ですらあった。
あの女が死んだとき、私は悲しむどころか、ようやく肩の荷が下りたと思ったものだ。
その娘であるアンジェに、同じ血が流れているのは当然だった。
だが、今は違う。私にはアルルがいる。おとなしく、よく気が利き、私の意向をきちんと理解する女性だ。そして、ナンシー――我が“真の娘”がいる。
アンジェの一件は、むしろ都合がよかった。
学院での婚約破棄騒動、そして悪役令嬢という不名誉な汚名。貴族社会で“落ちた令嬢”の名がつけば、誰もその娘を嫁に迎えようとはしないだろう。それが何よりの証拠だ。あの子には、もはや価値がない。
オルレアン家は名家だ。相応しい器の者が跡を継がねばならぬ。
ナンシーは、その点で申し分ない。
美しい。愛嬌もある。貴族らしい誇りと振る舞いも身につけている。あの騒動のあと、彼女に対する世間の注目は一層高まり、多くの子爵家、伯爵家の子息たちが関心を寄せていると耳にした。
何より、あの子は私の言うことを素直に聞く。
私の手で育てた、私の娘だ。
「アンジェの名は、家譜から外そう」
そうアルルに言ったのは数日前のことだ。彼女は扇子を開いたまま、目を伏せて、静かに頷いた。
「お心のままに、旦那様」
ああ、これが本来の妻というものだ――そう思った。
アンジェがどれほど嘆こうと、もはや私の決定は覆らない。オルレアン家にふさわしからぬ者を、いつまでも置いておく理由はない。
「ナンシー。今日の晩餐には、あの子は呼ばなくてよい。私たちの食卓には、もう座る資格はない」
そう言うと、ナンシーはにこりと笑って、「はい、お父様」と素直に答えた。
その笑顔の中には、計算も、したたかさもある。だがそれがいい。生き残る者とは、そういうものだ。
アンジェが今、館のどこでどう過ごしていようと、私は心を動かされることはない。
彼女は、“間違いの娘”だったのだ。
ナンシーこそが、私の血を継ぐ者。
彼女がこれから正式に跡継ぎとなり、オルレアン家の名をさらに高めていく。
そう思えば、胸の中には不思議な安堵が広がっていくのだった。