第11話 カストル視点でみたアングレーム家事件
『黒衣の告発者』カストル視点
まさか、こんな日が来るなんて――思いもしなかった。
王都を歩く人々の目が、俺たちアングレーム家に向けられている。それも、侮蔑と好奇心に満ちた視線だ。掲示板には密書の写し、父の筆跡、財政記録の写し。あの噂――いや、もはや「事実」として扱われているあの報道が、全てを変えた。
アングレーム伯爵家が、ルーシエフ帝国と通じていた。
その証拠を暴いたのは、黒衣の怪盗――“黒衣の告発者”。
ふざけんな……!
ガツン、と監査室の扉を乱暴に開けた。
「親父っ!! ふざけんなよ!」
目の前にいたのは、鎖に繋がれ、椅子に座るミハエル=アングレーム。俺の父だ。
なのに……どうして、あんな顔で笑ってやがる。
「俺まで巻き込むつもりかよ!」
「カストル……貴様、黙っていろ」
「黙れるかっ!! 俺は、俺はただ学院で魔導兵器の研究してただけだぞ!? 誰にも迷惑かけてねぇ! それなのに、なんで……!」
声が震える。視界が揺れて、汗が額を伝った。
「君が学院から持ち出した設計図。それが、敵国の魔導技術と同じ形式で流通している」
審問官の冷たい声が俺を追い詰める。
「偶然、とは言えないな」
「……偶然だよ。俺は、そんなこと知らねぇ!」
「ではこの資金の流れは?」
机の上に積まれた書類が目の前に突き出される。俺の名義で登録された口座。その金の一部が、ルーシエフ帝国領に送られている。
「お前……勝手に俺の名前、使いやがったな……!」
「証拠はすべてそろっている」
「ちげぇって言ってんだろうが!」
こみ上げる怒りが、俺の叫びになって噴き出す。だけど、誰も聞こうとしない。ただ淡々と、冷たく俺を罪人として扱うだけだ。
「アミアンも……アミアンは関係ねぇからな!」
「ミュルーズ嬢が夜に邸を訪れていた記録がある。運び屋として動いていた可能性も」
「違ぇって言ってんだろ!! あいつは俺の……っ」
唇を噛む。あの笑顔が浮かぶ。俺にだけ向けてくれた笑顔。アミアンがそんなことをするはずがない。……そう信じたい。でも――
もしも、俺を利用してたんだとしたら。
「……くそ、なんでだよ……」
拳が震える。けど、叩きつける場所なんて、どこにもなかった。
「愚かな男だ」
父が、笑った。俺を見下ろすその目が、何よりも憎かった。
「私が力を与えてやらねば、お前など何も残らん。私は国家の在り方を変えたかった。それだけだ」
「お前が裏切ったのは、この国だけじゃねぇ……! 家も、家族も……!」
俺の声は届かない。ただ、壁のような沈黙が返ってくるだけだった。
審問官が静かに立ち上がる。
「証拠は揃った。王命を待つのみ。両名は拘束のうえ、地下牢にて待機せよ」
「……っ!」
警備兵が肩を掴む。俺は振り払おうとするが、無駄だった。
扉の向こうへ引きずられながら、俺は最後に問いを吐き出した。
「怪盗……てめぇ……何者だ……っ!」
届くはずもない問い。それでも、俺は叫ばずにはいられなかった。
……夜、牢の窓から見える王都の灯りが揺れている。遠くに見える高台に、ふと銀の閃きがよぎった。
あれは――まさか。
月明かりの下、風を切るように黒い影が舞う。誰かが何かを背負い、そしてそれを裁こうとしている。
「黒衣の告発者」……ふざけんな、ヒーロー気取りで。
だが、心のどこかで俺は思っていた。
このまま、終わるのか? 親父の道具として?
「……違ぇ。俺は、俺の意思で、生きる……」
牢の中で、初めて自分の意思でそう呟いた気がした。
もし自由の身になれたなら、俺は必ず探し出す。あの怪盗を。
そして、問いただす。
お前は、何のために動いているんだ?
真実のためか? 正義のためか?
それとも――ただの、個人的な復讐か?
……知らねぇけどな。けど、あんたが壊した俺の人生、その責任は――取ってもらうぜ。




