第1話 アンジェ=オルレアン 卒業式に婚約破棄される!
緑の瞳は、見つめるだけだった
王都にそびえる白亜の講堂。七色の光が天井のステンドグラスから差し込み、生徒たちのローブをやさしく照らしていた。
王立魔法学院、卒業式。
「……これで、学院生活も終わりですのね」
アンジェ=オルレアンはそっとつぶやいた。銀色の髪が揺れ、緑の瞳がどこか切なげに瞬く。
この場所で、わたくしはたくさんの想いを抱いた。誇り、努力、そして――恋。
彼、ランス=フリューゲン。金髪に青い瞳、ちょっとキザな王子。だけど、魔法と魔道具にかける情熱だけは本物だった。
わたくしと彼は、常にトップを争っていた。ライバルで、戦友で、そして……本当は、もっと特別な何かになりたかった。
「ランス様……あなたと過ごした日々は、わたくしにとって――」
けれどその言葉は、途中で遮られる。
「アンジェ=オルレアン嬢!」
壇上から響く怒鳴り声。赤髪の男、カストル=アングレーム。彼はアンジェの“婚約者”であったはずの存在。
「俺は、おまえとの婚約を――ここで破棄する!」
講堂がざわめく。
「な、何を言って……?」
「理由は明白だ!」
カストルが腕を振り上げ、指さした先にいたのは、桃色の巻き髪に黄色い瞳の少女。アミアン=ミュルーズ。
彼女はぶりっこ調の笑顔を浮かべ、胸元を押し上げるようにして立っていた。
「アミアン嬢をいじめていたって話だ!」
「そんな……わたくし、していません!」
「アンジェさんって、アタイのこと“乳だけのぶりっこ”って呼んでたン♡ 証拠もあるン。手紙もあるし、窓に彫られた文字も♡」
「そ、そんな馬鹿な……っ!」
足元がふらつく。視線が周囲を彷徨う――けれど、誰も、誰一人として彼女を見ようとしない。
「誰か……わたくしの言葉を信じて……!」
とっさに探したのは、あの人だった。
壇の端、整列した生徒たちの中に、金の髪が風に揺れていた。
ランス=フリューゲン。
彼の青い瞳は、こちらを見ていた。けれど――
動かない。表情も、声も、何も。
ただ、黙って見ていた。
「……ランス、様……?」
まるで、最初からそこにいなかったかのように。彼は目を逸らし、そっと視線を下ろした。
心が、砕けた。
「……誰も、助けてくれないのですね」
その瞬間、校長が口を開いた。
「アンジェ=オルレアン嬢。複数の証言と証拠に基づき、重大な素行不良があったと判断する。よって、今後の爵位継承および家格に関して、王宮に報告がなされる」
「……っ!」
誰かの悪意で仕組まれた罠。なのに、その罠に誰も気づかない。いや――気づいていても、見て見ぬふりをしているのかもしれない。
足が、がくりと崩れそうになった。
「わたくしは……何もしていませんのに……」
声にならない叫び。
ランス様。どうして、見ているだけなの?
わたくしのことを、あんなに熱心に話し合った仲じゃありませんでしたか? 一緒に笑った、あの時間は偽りだったのですか?
なのに――あなたは、何も言わない。
その沈黙が、何よりもわたくしの心を刺した。
「……退場なさい、オルレアン嬢」
護衛の魔法騎士が近づいてくる。アンジェは、最後の力を振り絞って立ち上がった。
「わたくしは――絶対に、負けませんわ」
涙をこらえながら、真っ直ぐ前を向いた。
わたくしは、信じています。いつか、真実は明かされると。
たとえ、今この瞬間、誰一人信じてくれなくても。
講堂を去る背中に、誰も声をかけなかった。
そして、ただひとり――壇上に立つランス=フリューゲンの瞳だけが、最後まで彼女の姿を見送っていた。
その青い瞳に、かすかな迷いの色が浮かんでいたことに、誰も気づかなかった。
――これは、断罪のはじまり。けれど、物語はまだ、終わっていない。