王宮夜会 (6)
エルチェの歌う「エイミーとロニーの物語」は、まさに真実の物語だった。
ジョージの脚色した部分が、すべて真実に置き換わっている。だから導入部からして、すでに広まっているものとは全然違った。いつの間にかホール内のすべての人々がおしゃべりをやめ、静かに聞き入っていた。
ユージェニーはエルドウィンの腕を軽く叩いて注意を引き、庭園に通じるドアに視線を向けた。彼は彼女の意図を察して、うなずく。そのまま二人は静かに人の輪から離れ、ドアに向かった。
ドアの脇に控えていた衛兵が敬礼し、ドアを開ける。衛兵に会釈して外に出ると、人いきれで温まっていた室内と違い、秋の気配で空気がひんやりしていた。中空には丸い月がかかり、月明かりのもとに花の咲き乱れた庭園が幻想的だ。
バラのアーチの脇には、点々とベンチが置かれている。そのひとつに、二人並んで腰を下ろした。エルドウィンは上着を脱いで、ユージェニーの肩に掛ける。
「ありがとう」
「どういたしまして」
上着は彼の体温で温かかった。心まで温まっていく気がする。「それで」と彼女が切り出すのと、エルドウィンが同じ言葉を口にしたのは、まったく同時だった。
エルドウィンは笑って「お先にどうぞ」と言う。
「どうして会いに来てくれなかったの?」
「あ、最初に聞くのはそこなんだ」
エルドウィンはまた笑い、理由を説明した。
「ジニーが侯爵家の娘だと知ったからだよ」
「侯爵家の娘だと、どうして会いに来られないの?」
「あのときはまだ事情を説明できなかったからね。ただの冒険者が会いに行ったところで、門前払いされる可能性が高いだろ?」
「おじいさまは、そんなことしないわ」
そう言い返しながらも、ユージェニーは彼の言い分が正しいことを薄々理解していた。
「うん、そうかもしれない。でも一般的には、そうじゃない貴族のほうが多いんだよ。ただ門前払いされるだけなら、別に僕はかまわない。それより冒険者なんかと知り合いだと知られて、ジニーの扱いが悪くなったら困ると思ったんだ」
そんなふうに言われると、ユージェニーにはもう何も言えなくなってしまった。そうだ、エルドウィンはこういう人だった。いつだって彼女のことを一番に考えてくれている。
それで彼女は、もうひとつの質問をした。
「エルドがルイス王子っていうのは、どういうこと?」
「両親が亡くなったとき、僕だけゴードンに助け出されたんだ」
王太子一家が暗殺されたとき、ゴードンが警護についていた。ゴードン以外にも数名の護衛がいたが、圧倒的な数の魔獣になすすべがなく全滅。二歳のエルドウィンを抱えて必死に血路を開こうとするゴードンに、すでに虫の息だった王太子が指示をした。
「その子を連れて逃げてくれ。城には戻らず、大人になるまでどこかで隠し育ててほしい。頼む」
それが事故でなく、弟カスバート王子による暗殺だと悟っていたのだろう。王太子の紋章をゴードンに託し、王太子は亡くなった。ゴードンはたったひとりで、命からがら何とかルイス王子を連れて逃げ延びた。頬の傷は、そのとき受けたものだ。
ゴードンがギルドの支部長となれたのは、もともとギルド登録があったからだ。平民上がりなので、貴族に比べたら冒険者に対する差別意識はない。だから情報収集の目的で、冒険者として登録してあったのだ。ときどき活動もしていた。ゴードンだけが生き延びたのは、そうして魔獣狩りの経験があったおかげでもあった。
ギルド長とも顔見知りだった。カスバート王子や宰相の横暴に思うところがあったギルド長は、事情を察してゴードンに支部長の地位を融通してくれた。もちろん、ゴードンとは面識のない下位貴族の領地内にだ。
ダグラスは、ゴードンが呼び寄せた。ルイス王子を養育するにあたり、平民育ちのゴードンでは教育が不足すると考えたためだ。それで貴族出身の若手部下の中で、最も信頼していたダグラスに内密で連絡をとった。
ダグラスは快諾し、すぐさま近衛騎士を辞してゴードンに合流した。そしてルイス王子をエルドウィンと名付けて引き取ったのだった。
「エルドは、自分が王子だってずっと知ってたの?」
「教えてもらったのは、ある程度育ってからだよ。十歳のときだったかな」
ダグラスが彼を連れ出していたのは、必ずしもギルドの仕事のためではなかったらしい。実は教育目的のことが多かった。
「自分が王子だって知ってたのに、平民のわたしと本気で結婚しようとしてたの?」
「うん。だって王子に戻るかどうかなんて、わからなかったからね」
最終的にはエルドウィンがパルトン大公国に到着した頃、ついにゴードンが決断した。近衛騎士団に潜入していたダグラスから、ラルフ王の病状が深刻な状態になったとの情報を得たからだ。そしてカスバート王子の即位を阻むため、ギルドを辞して王宮のダグラスに合流し、ルイス王子の生存を秘密裏にラルフ王に知らせた。
もしもユージェニーが平民のままだったなら、カスバート王子や宰相を引きずり下ろした後、エルドウィンは王子の身分を捨てて冒険者の生活に戻るつもりでいた。けれども彼女が大貴族の娘だとすれば、話は変わる。だから彼は、彼女が身分を捨てることなく一緒になれる道を選んだのだ。
「こうして今回すべてがうまくいったのは、ジニーのおかげなんだよ」
「え? なんで?」
「ダグが暗殺されてたら、たぶん僕も一緒に消されてた」
ルシアンはユージェニーに異常なほどの執着を見せていた。
冤罪でエルドウィンとの結婚式をつぶし、さらにはダグラス暗殺まで企てたほどだ。おそらく暗殺後、ジャレッドとトビーは家の中をあさって何かしら追加の「証拠」を探し出すよう指示されていたはずである。なければないで、仕込むまで。なのにそこで王太子の紋章など見つけたら、どうなっていたことか。
それを聞いて、ユージェニーは目を見張った。
(「アヴェンジング・ジャーニー」でエルドがヘルバン島に収容されたのは、ダグが暗殺されてしまったからなのね)
エルドウィンは彼女の肩を抱いて、顔をのぞき込んだ。
「今度はジニーの話を聞かせて」
「うん。エルドが連れ去られた後に気を失ってね、子爵邸に運ばれちゃったの──」
彼女が子爵邸に連れ込まれたと聞き、エルドウィンの表情が険しくなった。が、彼は口を挟まなかった。黙って先を聞く。吟遊詩人エルチェにも話した内容だが、どうやら彼は知らなかったらしい。
室内では吟遊詩人がドラマチックに歌い聞かせているであろう内容を、ユージェニーの口からとつとつと紡ぐ。彼の上着に包まれ、彼に肩を抱かれて温かな体温を感じながら。
こうして、久しぶりに二人が会えた夜はふけていった。




