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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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ささやかな反撃 (1)

 ユージェニーはまず、自宅に向かった。家の前で馬を降り、手綱を庭の柵にくくりつけた。シリルも姉に従って、馬を下りる。彼女は小声で弟に指示を出した。


「もうこのまま家を捨てて逃げるから、どうしても持って行きたいものだけ取っておいで」

「わかった」


 シリルはせわしなく玄関ドアを開けて、二階へ駆け上がって行った。自室のドアを開けた音が聞こえた後、すぐにまた駆け下りる足音がする。早すぎる。ユージェニーもあわてて二階へ駆け上がった。


 目的は、自室にあるチェスト。その一番上の引き出しから、手のひらサイズのジュエリーボックスを取り出す。十二歳の誕生日に、母から贈られたものだ。真鍮製の本体に淡い若葉色のエナメル加工が施してあり、繊細な花柄で華やかに飾られている。中身は、形見のペンダントだ。


 それだけをハンカチにくるんでから、ベルトポーチに突っ込む。さらにクローゼットから小さな包みを取り出して、階段を駆け下りた。


「おまたせ。シリルは何を取ってきたの?」

「薬の残りと、これ」


 シリルは手にした細身の魔法剣を、姉に向かってかざして見せた。父の形見だ。自分と同じようなものを取ってきたのかと思ったら、自然と口もとが緩んだ。


 ただし、薬のほうはもう必要ないものだ。置いていくように言おうと、口を開きかけた──が、口に出す直前に思い直した。たいして荷物になるものでもなし、持って行くほうがよいかもしれない。


 急いで玄関から外へ出ると、ちょうどそこへ知り合いが通りかかった。鍛冶屋の妻で、気のいい壮年の女性だ。どこかの家に品物を届けた帰りらしい。ユージェニーに気がつくと、気の毒そうに眉尻を下げて声をかけてきた。


「今日は本当に、災難だったねえ……」

「うん……。でも、きっとすぐに何かの間違いだとわかって、帰してもらえると思うの」

「そうかそうか。うん、きっとそうだよね」


 エルドウィンが警邏(けいら)隊に連れ去られたことは、すでに町中の者たちに知れ渡っているはずだ。結婚式を祝いに人が集まっているさなかで拘束されたのだから、当然の話ではある。


 鍛冶屋の妻は何度か同意のうなずきを返してから、不思議そうに馬を見上げた。


「それにしても、こんな時間からお出かけかい?」

「うん、ちょっとルシアンさまの急ぎのお遣いでね。西のほうに人捜しに行ってくる」

「おやおや。何もこんなときでなくてもねえ」


 鍛冶屋の妻は眉をひそめた。


 ルシアンは若い娘たちの間で人気があるが、この彼女からの評価はあまり芳しくない。エルドウィンという決まった相手のいるユージェニーに、露骨に気のあるそぶりを見せては、迷惑がられていることを知っているからだ。


 そんな彼女が相手だからこそ、ユージェニーはあえてルシアンの名前を出したのだ。


 しかもまた、この状況では大変おあつらえ向きなことに、この婦人はこの町一番のおしゃべりだ。「こんなことがあった日に、かわいそうに……」と同情心たっぷりに語る姿が目に浮かぶようである。ルシアンの遣いで、ユージェニーが弟と二人きりで町を出たことは、明日の朝までには町中の誰もが知るところとなっているに違いない。


 彼女は内心、ほくそ笑んだ。なんて運がよいのだろう。せっかくの機会だから、ルシアンへの意趣返しといこう。「アヴェンジング・ジャーニー」の中では、復讐のカタルシスを盛り上げるための小道具として死んでしまったユージェニー。でも今こうして生きている彼女が、そんなカタルシスを望むわけがない。


 復讐は、できることからコツコツと。カタルシスより実効性。セコくてもいい。誰がやったかバレないように、チクリチクリと嫌がらせをして即逃げる。「何もよりによってこんな日に、悲嘆に暮れる娘をこき使わなくても……」と、町人たちから非難の目を向けられるがいい。


 ユージェニーは寂しそうに笑みを浮かべて、肩をすくめてみせた。これで鍛冶屋の妻の目には、けなげな娘らしく映るはず。


「でも、何かしてるほうが気がまぎれるし」

「まあ、それもそうかもしれないね。気をつけて行ってくるんだよ」

「はい。じゃあ、急がないといけないから。行ってきます」


 ユージェニーはひらりと馬にまたがり、会釈をした。鍛冶屋の妻は眉尻が下がったままではあったものの、ユージェニーに微笑みかけて「またね」と手を振った。


 先導して軽く馬を走らせると、シリルが後ろから追いついて隣に並ぶ。


「どこへ行くの?」

「ダグの家」

「わかった」


 ダグことダグラスは、元傭兵のベテラン冒険者だ。捨て子だったエルドウィンを拾って育てた養父であり、冒険者見習いだった頃に付いた指導者でもある。


 ユージェニーとシリルの両親が一年前に亡くなってからは、二人の後見人ともなってくれていた。だから逃げる前にひとこと挨拶していくと、シリルは思ったのだろう。だが実は、ユージェニーの目的は挨拶ではない。


 ダグラスの命を救うことである。


 「アヴェンジング・ジャーニー」のダグラスは、エルドウィンが脱獄した時点ですでに故人だった。ゲーム内のエルドウィンは、人づてにその最期を知る。エルドウィンが拘束された翌日に、ダグラスは町の近くにある魔の森で変わり果てた姿となって発見されたというのだ。魔獣に食い殺されたことは、状況から明らかだった。


 普段着のまま、武器も何も持たない姿で発見されたことから、自死として処理された。養子にとって育てた冒険者が大それた罪を犯して捕らえられたことに、責任を感じたからではないか、とゲーム内では説明されていた。


(ありえない! もし責任を感じたなら、代わりに償おうとするような人だもの。自死なんて、絶対にありえない)


 遺体が発見されたのは翌日だから、今ならきっとまだ間に合う。どんな事情があるのかはわからないけれども、何としてでも引き留めるつもりだ。


 ゲーム内のユージェニーが悲惨な末路をたどることになったのは、ダグラスの死も少なからず影響している、と彼女は思う。夫となるはずのエルドウィンを奪われ、後見人のダグラスを失い、弟のシリルは薬を餌に人質にとられている。


 そんな状況で、ルシアンを拒否し続けるのは難しく、いいようにされてしまったのではないだろうか。現に今だって、シリルの薬が本当に必要なのならば、ルシアンのもとに戻らざるを得ない。


 あの不思議なスキルを信用できるかどうかは、隣町で確認するつもりだ。魔力回復薬を買って、シリルに飲ませてみればわかる。薬を飲んだときと同じように具合がよくなるなら、あのスキルを信用してもよいということだ。


 あまり考えたくないが、もしも本当に薬でしか回復しないと判明したら、そのときは「薬を取り戻せた」と言って戻るしかないかもしれない。


 憂鬱な気分になってきたところで、ダグラスの家に到着した。庭の柵に馬をつなぎ、あわただしく玄関ドアを叩く。太い声で「おう!」と返事するのが聞こえるが早いか、ユージェニーは勢いよくドアを開けた。


「ダグ! ──あ」


 家の中に飛び込もうとして、たたらを踏む。ダグラスはエルドウィンと二人暮らしだが、家の中に二人も来客の姿があったのだ。

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