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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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魔獣寄せの魔道具

 待ち望んでいた情報がエルドウィンのもとに入ったのは、パルトン大公国の王宮を訪れてから実に十日後のことだった。


 エルドウィンが居候している客室に、ケイシーが顔色を変えて飛び込んできた。


「エルドウィン、すぐに応接室に来てください!」

「え、今すぐ?」

「そうです!」


 エルドウィンは、自分の着ているものを見下ろした。どう見ても着古した普段着で、商会長の応接室に通されるような人物に会うのにふさわしい服装ではない。だがケイシーはそんなことは百も承知の上で、エルドウィンをせき立てているようだった。


 エルドウィンは肩をすくめ、ケイシーの後に付いて応接室に向かった。そして室内にいる人物が誰だか気づいて、目をむいた。


 そこにいたのは、なんと内務大臣ダライアス・ファレルだったのだ。ダライアスは、入室したエルドウィンに向かってにこやかに手を挙げる。


「やあ、突然すまない。でも、どうしても直接すぐに知らせたくてね」


 ダライアスに勧められてエルドウィンたちがソファーに座るが早いか、彼は身を乗り出して、単刀直入に用件を告げた。


「ユージェニー嬢の居場所がわかった」


 エルドウィンは目を見開いた。「どこですか」と質問を口にする前に、ダライアスが答えを言う。


「スターリング王国のオールダム侯爵邸だそうだ」

「え」


 想定外にも、ほどがある。いったい何をすればそんな、縁もゆかりもなさそうな高位貴族のもとに身を寄せることになると言うのか。エルドウィンは困惑のあまり、パチパチと目をしばたたいた。


「先ほどオールダム侯爵から問い合わせを受けてね。孫娘のユージェニー嬢からわたしの連絡先を聞いたと言うんだよ」

「単に名前が同じだけの、別人なのでは……」


 侯爵の孫娘だなどと聞き、さすがにエルドウィンは失笑した。ありえない。だが、ダライアスは首を横に振る。


「いや、間違いなくあのユージェニー嬢だ」

「なぜわかるんですか」

「問い合わせの内容からだね」


 ダライアスによれば、問い合わせは「魔道具の入手もとを教えてほしい」というものだった。教えてほしいその魔道具とは、ダライアスが魔獣よけと偽って渡された魔獣寄せの魔道具のことだ。


『孫娘ユージェニーの使役する神狼が、まったく同じに見える魔道具を見つけてきました。国の重要事件の証拠となり得るものです。捜査のため、入手もとを教えていただけませんか』


 この文面から、ダライアスは彼を救ってくれた娘と、オールダム侯爵の孫娘とが間違いなく同一人物だと確信したのだ。


「神狼を使役するようなお嬢さんが、他にもいるとは思えないんだよ」

「それはそうですね……」


 これを聞けば、エルドウィンは無理矢理にでも納得するしかなかった。


 ふと、王宮に潜入中のダグラスから届いた手紙の内容が脳裏に蘇る。あれは、とても短い手紙だった。


『時が来た。腹をくくれ。彼女は無事だ』


 数日前に、冒険者ギルド経由で受け取った手紙だ。詳しいことは、何も書かれていない。何の時が来たのかはもちろん、彼女の名前さえも書かれていない。あえて省かれている。


 冒険者ギルド経由で手紙を送るのは安価ではあるのだが、機密情報のやり取りには適していない。何人もの人手を介するからだ。


 ギルド職員には守秘義務があるとはいえ、間に入る人間の数が多ければ多いほど、秘密が漏れる危険性は上がるものだ。しかも手紙を扱う職員は、だいたいギルドの中でも下っ端だ。規律を厳格に守ろうなんて意識が、そもそも薄い。


 その上ギルドの手紙は、その冒険者が登録した支部に必ず保管されることになっている。エルドウィンの場合で言えば、フィッツシモンズ子爵領の領都ビルバリー支部だ。


 彼をはめたひとりである、トビーが職員だった支部。トビーはジャレッドと共にギルド規約にのっとって処罰され、懲戒解雇した上で憲兵隊に殺人未遂容疑で引き渡し済みである。だが残念なことに、エルドウィンに対して妬みからくる悪感情を持つのは、トビーだけではなかった。


 そんな場所を、必ず経由するのだ。誰かに見られて困るような内容など、書けるはずがなかった。どうしたって、当事者同士にだけ通じる暗号めいた文面にならざるを得ない。


 当然、エルドウィンには意味のわかる文面だ。ユージェニーがどこでどのように無事なのかまでは、判然としない。しかし前半の『時がきた。腹をくくれ』という部分は、彼にとってはこれ以上ないほど明瞭なメッセージだった。だからこれを読んで、彼は腹をくくったつもりでいた。


 けれども彼女がオールダム侯爵の孫娘だと聞いた今、エルドウィンは本当の意味で腹をくくった。


 彼が夢見ていた「冒険者エルドウィンと魔道具師の娘ユージェニーが結婚して、慎ましやかながらも幸せに暮らす日々」なんてものは未来永劫、決して来ない。夢は、あくまでも夢でしかなかったのだ。


 そして彼には、自分の本来の役割を果たすべき時がきてしまった。かくなる上は、全力で役割を全うしてやろう。


 エルドウィンは秘めた決意を脇に追いやり、会話の続きで質問をした。


「それで、入手もとはどこだったんですか?」

「スターリング王国のブルフォード伯爵からだよ。もっと細かく言えば、彼の屋敷の下男からだね」


 その瞬間、カタンと陶器がぶつかる音がする。客人に紅茶を入れようとしていたポーリーンが手を滑らせたらしい。「失礼いたしました」と茶器をテーブルに置いてから、彼女はダライアスに向かって深々と頭を下げた。


「わたくしの知らないこととはいえ、父が……。父が、大変申し訳ございませんでした」

「いやいや。もうご実家とは、縁を切ったんだろう? 夫人が謝ることなど、何もないよ」


 ダライアスはポーリーンに愛想よく首を横に振ってみせてから、エルドウィンに向かって続けた。


「わたしはこれから、オールダム侯爵の捜査に協力するため、スターリング王国に向かうつもりだ。もしもきみからユージェニー嬢に伝えたいことや、渡したいものがあるなら、仲介しよう。今日はそのために出向いたんだ。何かあるかい?」

「いえ。これ以上ここでお世話になる理由がなくなったので、帰国します。お気持ちだけ、ありがたく」

「そうか」


 ダライアスはそれ以上は何も言うことなく、うなずいた。そこへ、ポーリーンが決然と声をかける。


「閣下、わたくしはスターリング王国へお供いたしたく存じます」

「おや? どうしたね?」

「ブルフォード伯爵家についての情報をお求めであれば、きっとわたくしにもお役に立てることがございましょう。どうぞ、お連れくださいませ」

「そうか。頼めるかい?」

「もちろんでございます」


 こうしてポーリーンがダライアスに同行することになり、新妻をひとりで行かせるはずのないケイシーも一緒に行くことになった。さらにどうしたことか、エルドウィンまでもが随行員扱いで一緒にスターリング王国へ向かうことになったのだった。

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