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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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謎の奇病 (1)

 吟遊詩人エルチェの歌は、あっと言う間に王都内に広まった。今や「エイミーとロニーの運命的な恋と、その後の悲劇」の物語は、誰でも知っている。


 ギルドのような組織を持つわけではないが、吟遊詩人たちには独自のネットワークがあるのだと言う。誰もが知る物語というのは、そのネットワークを通じて共有される物語なのだ。


 しかもエルチェは、吟遊詩人の間で顔が広かった。そんなエルチェが積極的に広めたものだから、拡散の勢いはまさに爆発的としか言いようがない。ただし、フィッツシモンズ子爵領は除く。


 物語の舞台がどこの領なのかは、聞く者すべての気になるところだ。ぼかしてあるから、よけいに気になる。領さえわかれば、悪役たる「領主の息子」が誰のことだかわかるのに。


 そうぼやく同業者に、エルチェは声をひそめて耳打ちする。


「ここだけの話、フィッツシモンズ子爵領では歌わないことをお勧めします。歌い手の身に危険を及ぼしかねませんからね」


 吟遊詩人たちだって、我が身がかわいい。フィッツシモンズ子爵領を避けるのはもちろん、同業者に物語を伝えるときには、この注意事項も小声でそっと伝えた。


 この注意事項が広まったのは、吟遊詩人の間だけにはとどまらなかった。なぜなら彼らはこの「とっておきの秘密」を、演奏を盛り上げるための小道具としてしばしば有効に活用したからだ。人さし指を立てて「秘密ですよ」と吟遊詩人の口からささやき声で語られる内容は、同じように「秘密だよ」と人から人へと伝わっていく。


 かくして物語は、じわじわと国中に広まりつつあった。しかし、エルドウィンからの連絡はない。本当に王都にいるのなら、物語を耳にしていないはずがないのに。それくらい、平民の間では広まっていた。


 いったい彼はどこにいるのだろう。不安に思わないわけではないが、焦ったからといって何ができるわけでもない。それよりは、できることからコツコツと。エルドウィンの無事を確認するのが一番大事なのは変わらないが、彼女には他にもやるべきことがある。


 吟遊詩人エルチェとの顔合わせから三日後、ユージェニーは執務室にいたジョージをつかまえた。


「おじいさま、伺いたいことがあります」

「おや。なんだろうか」

「国王陛下の身に、何か起きてはいませんか。たとえばおけがとか、ご病気みたいな」


 ジョージは仕事の手をとめて一瞬押し黙り、ため息をついた。それからおもむろに椅子から立ち上がり、執務机の前に置かれたソファーを手で示す。


「まあ、座りなさい。最近、王都で起きていることを話そう」

「はい」


 ユージェニーは長ソファーに腰を下ろし、ジョージはひとり掛けのソファーに座って足を組んだ。


「実はね、少し前から王都では奇妙な病気が流行っている」

「そうなんですか」


 いかにも不穏な語り出しだ。ユージェニーは眉をひそめた。


「今まで知られた治療法がどれも効かない病気でね。これが不思議なことに、貴族しかかからないんだよ」


 そして国王も、一年ほど前からこの病に苦しんでいる。病状は、毒を飲まされていたときのシリルの状態と酷似していると言う。


 ユージェニーからシリルの話を聞き、当然ジョージも毒を疑った。それで翌日、すぐに王宮の信頼できる薬師に連絡をとり、国王が服用している薬の解析を依頼した。しかし今のところ、あやしい成分は検出されていない。完全な解析結果を得るまでには、まだあと数日待たなくてはならないが。


 ジョージの話を聞いて、ユージェニーは考え込んだ。


(このままだと、きっと陛下が亡くなってしまう……。そしてカスバート王子が即位することになるのよね。何とかして阻止しないと)


 さらに少し考えてから、ジョージに向かって尋ねた。


「陛下のお見舞いに行く、というのは不可能でしょうか」

「見舞いか」

「はい。わたしは、治癒魔法が使えます。病気には効きませんから、気休めでしかありませんが。それでも、もしかしたらなにがしかの効果があるかもしれません」

「なるほど」


 治癒魔法は、単なる口実だ。実際に彼女が使いたいのは、例の不思議なスキルである。指先を触れないと発動できないから、王宮内でむやみやたらに使うわけにはいかないだろう。それでも実際に訪れさえすれば、何か調べる機会だってあるのではないか。


 ジョージはうなずいてから、ふと口もとを緩ませた。


「アメリアから習ったのか」

「はい」


 祖父はあごに手を当てて、しばらく考え込む。やがて「よし」と顔を上げた。


「数日後にはなってしまうだろうが、何とか話をしてみよう」

「ありがとうございます」


 この直後から、ユージェニーは目も回るほどの忙しさとなった。王宮を訪問するなら、それにふさわしい礼儀作法を身につける必要があったからだ。もちろんドレスも必要となる。


 急な話に目をむきながらも、祖母シンディーと叔母エリノーラが鬼教官と化した。シンディーは王宮作法、エリノーラがドレス姿での立ち居振る舞いの指導をそれぞれ担当する。


「付け焼き刃でかまいません。最低限のお作法だけ、練習しておきましょう」


 にこやかながら、どちらも指導に妥協はない。決してユージェニーが恥をかくことのないように、と心を砕く。思いやりゆえの厳しさなのだ。ユージェニーもそれはよく理解していたので、弱音を吐くことは決してなかった。


 なお、今回シリルは同行しない。シリルも治癒魔法が使えるが、病人を疲れさせないよう、見舞いの人数はしぼるべきとの判断による。


 祖母と叔母が気を配ったのは、礼儀作法だけではなかった。ユージェニーが王宮に着ていくドレスの準備にも余念がない。たった数日では新しいものを仕立てるなど、そもそも無理な話ではある。だが、彼女たちは持てる力の限りを尽くした。


 エリノーラが若い頃に着たドレスに手を加え、今どきの流行に合わせて飾り付けを変える。正直なところ、ユージェニーにはどこが古着なのかさっぱりわからない仕上がりとなった。


 実際にユージェニーが王宮を訪ねることになったのは、祖父に頼んでから五日後のことだった。

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