幼馴染み (2)
父は娘の信頼を裏切らなかった。
「ジニー、シリル、ちょっとおいで」
ある日、レナートは子どもたちを仕事部屋に呼び入れた。
魔道具師の父は、普段は子どもたちであれ、許可なく仕事部屋に入ることを禁じている。知識のない者が不用意に手を触れては困るものが、いろいろと置かれているからだ。
入り慣れていない部屋に、ユージェニーとシリルはおずおずと足を踏み入れた。
奥の作業机の上には、小さな魔道具が二つ置かれていた。魔道具というより装飾品と呼ぶほうがふさわしいような、美しい腕輪型の魔道具だった。
小指の太さほどの幅で、銀色のリボンのようだ。が、よく見ると金属製である。糸のように細く加工した金属を編み込み、滑らかな手触りに仕上がっていた。銀色ではあるが、無地ではない。光に当てると織り模様が見えた。
「ジニー、手を出して」
父にうながされるまま、ユージェニーは右手を差し出した。ところが、レナートは首を横に振る。
「利き手じゃないほうがいい。反対の手で」
素直に左手を差し出すと、父はその手首に金属製の魔道具を巻いた。見た目はベルトに似ているが、ベルトというよりはリボンと呼ぶほうがふさわしい薄さとしなやかさがある。そのリボンと手首の間に人差し指を差し込み、緩みを確認した。
「これでよし。次はシリルだ。手を出して」
シリルのリボンには、アジャスターのようなものが付いている。まだこれからサイズが変わるだろうと見込んで付けたものらしい。ユージェニーとシリルは、リボンを着けた手を並べて見比べた。とてもよく似ているものの、こうして並べると違いがわかる。織り模様が微妙に違うのだ。
二人が問いかける視線を向けると、父は満足そうに微笑み、口の前に人差し指を立てた。
「これはね、治癒魔法を攻撃魔法に変換する魔道具だよ」
そんな魔道具があるなんて、聞いたこともない。ユージェニーとシリルは目を丸くして顔を見合わせた。だがレナートのしぐさから察するに、これは極秘事項に違いない。二人が知らないのも当然だ。
案の定、決して口外しないよう、父からは釘を刺された。
「もう二度と作りたくないからね。誰にも話しちゃいけないよ」
「どうして作りたくないの?」
「ものすごく大変なんだよ……。とてもじゃないが、他人のためになんか作る気がしないな」
何がそんなに大変なのかと思ったら、材料の準備だった。金属糸の一本ずつすべてに、魔水晶を使って属性を付与している。レナートはただの魔道具師ではなく錬金術師でもあるので、そんな芸当が可能なのだ。
そんな数の魔水晶を使うだなんて、途方もない費用がかかりそうだ。そうユージェニーは漠然と不安を覚えたが、その点は父が首を横に振った。
「魔道具を作るのに使った魔水晶の削りカスで間に合うから、言ってしまうと廃品利用なんだ。つまり費用はかかってない」
ただしもちろん、金属糸にはそれなりに費用がかかっている。属性を付与できるような特殊合金で、原材料は金、プラチナ、ニッケル、オリハルコン。合金の成分比はレナートだけが知っている。属性を付与できる成分比は、決まっているのだそうだ。
しかしその属性付与がくせものだった。成功率が低いのだ。削りカスが材料であるため失敗コストがかからないとはいえ、とにかく地道で、果てしのない作業だったと言う。
子どものわがままに付き合って、不可能を可能にしてしまった父の深い愛情に、ユージェニーは胸がいっぱいになった。
「お父さん、ありがとう!」
父は笑って「うん」とうなずいてから、使い方を説明した。装備した状態で、治癒魔法を使うときの呪文の前に「テイニア」と付けるだけ。そうすると、リボンが勝手に攻撃魔法に変換してくれる。
「どの治癒魔法がどんな攻撃になるのか、事前に確認しておきなさい」
「はい」
「基本的には、対象を指定して使う治癒魔法は対象を攻撃する魔法になるし、周囲をまとめて治癒する魔法は、周囲を攻撃する魔法に変換されるはずだよ」
「わかりました」
攻撃できる魔法は、ユージェニーは水属性、シリルは風属性だった。属性が違う理由は、適性とかそういう問題ではない。もっと単純に、材料の問題だった。削りカスといえども、必要とする魔水晶の量は膨大だ。同じ属性のものを二つ作るより、別の属性のものをひとつずつ製作する方が効率がよかった。
もちろん、ユージェニーにもシリルにも不満はない。使えないと思っていた攻撃魔法が使えるのだから、属性が違うくらい、不満に思うわけがなかった。むしろ違ったほうが、使い分けができてお得な気がするくらいだ。
ユージェニーはさっそく、エルドウィンが家に来たときに報告した。
「治癒魔法と攻撃魔法、両方使えるようになった!」
「え?」
いきなり魔法の話をされて、彼には意味がわからなかったらしい。固まって、目をパチクリさせた。一緒に来ていたダグラスは、別の意味で意味がわからなかったようだ。「はあ?」と素っ頓狂な声を上げていた。
「両方使えるようになったら、連れて行ってくれるって言ったでしょう?」
「ええっと、ごめん。何の話だっけ……」
ユージェニーが説明すると、エルドウィンは「ああ」と苦笑いしてダグラスのほうに視線を向ける。養父は黙って肩をすくめた。エルドウィンはそれを消極的な了承と受け取ったようだ。
「じゃあ、今度一緒に行こうか」
「うん!」
こうしてユージェニーは、エルドウィンと一緒に冒険者ギルドの依頼を受ける権利を勝ち取ったのだった。
と言っても、彼女は毎回一緒に連れて行ってもらえたわけではない。ダグラスのいないときに、ときどきエルドウィンが誘ってくれる。初心者を連れて行っても大丈夫なよう、いつも自分が行く場所よりもぐっとグレードを下げたところを選んでいた。
「誰にも知られないよう、内緒で活動しよう」
そう言って、依頼はわざわざ隣町のギルドで受けた。冒険者の登録も、本名でなくジーンという仮名を使うよう勧められた。今ならユージェニーにも理由がわかる。彼女の世間体を気にしていたのだ。
冒険者という職業は、しばしば見下されるものだから。
もちろん、トップレベルの冒険者なら別だ。頂点まで上り詰めてしまえば、収入は言うに及ばず、大きな名声を得る。だが冒険者なんてものは、ピンキリなのだ。名声を得られるほどの冒険者など、ほんのひと握りに過ぎない。大多数の者は、日銭を稼ぐのにあくせくしている。
だからただ単に「冒険者」とだけ名乗った場合、周囲による扱いは「冒険者風情」となることが多い。それなりに遇されるのは、ごく一部の、名の知れた者だけなのだ。
彼のこうした気遣いにユージェニーが気づくのは、まだ数年先のこと。




