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逆襲の花嫁  作者: 海野宵人


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ヘルバン島

 一週間後、ユージェニーとシリルは北部の港町アルデラに到着した。アルデラは港町として栄える一方で、ヘルバン島への船が出る町でもある。


 アルデラへ到着したのは、もうじき日が暮れる時間だった。役所はどこも閉まっている。エルドウィンの消息が知りたくて気が急くが、翌日を待たなくてはならなかった。


 宿をとると、ウーリーは当たり前のような顔をして部屋まで付いてくる。飼い犬の擬態は、完璧だった。神狼の矜持など、どこかに捨ててきてしまったらしい。見るからに躾の行き届いた猟犬風なので、部屋に入れてもとがめられることはない。


 大型犬にしても大きすぎるのだが、まさか神狼がこんなふうに人間に従うとは誰も思わないらしく、あやしまれることはなかった。


 飼い犬に見えるのは、主に首輪のお陰だ。


 ウーリーと行動を共にすると決めてから、最初の町ですぐに首輪を買って着けた。冒険者ギルドに使役獣として登録し、ギルド発行のタグも首輪に付けてある。こうすることで、ウーリーが狙われる危険性を排除したのだ。


 しっかり躾けられた猟犬は、高値で取引きされる。だから首輪のない猟犬など、犬の取引業者に狙ってくれと言っているようなものである。


 首輪を着けていても、闇業者に狙われる恐れがある。だからギルドのタグも付けた。首輪だけだと、外して盗もうとする不届き者が後を絶たないのだ。その点、ギルドのタグが付いた首輪は、飼い主以外には外せなくなるので安心だ。しかもその上、タグに飼い主情報が埋め込まれている。


 翌朝、宿屋で早めの朝食をとりながら、シリルがユージェニーに尋ねた。


「今日はどこへ行く?」

「ここの警邏(けいら)隊本部」

「警邏隊? 裁判所じゃなくて?」

「罪人をヘルバン島へ護送する部署を持ってるのが、警邏隊なの」

「へえ。よく知ってるね」

「これも『見た』からよ」

「なるほど」


 ユージェニーの言う『見た』とは、例の「明晰な夢」で見たという意味だ。この情報がなければ、きっとユージェニーもシリルと同じように裁判所を最初に訪ねてみようと思ったに違いない。でも考えてみれば、裁判の終わった罪人の護送なのだから、裁判所よりも警邏隊が適任とされるのは当然のことだった。


 食事の後、二人はすぐに警邏隊に向かった。ウーリーも当たり前のような顔をして付いてくる。


 しかし本部の建物に着いたはよいが、その先まではわからない。勝手に入るのもためらわれ、二人はしばらく入り口で人の出入りを眺めていた。やがて、人の好さそうな中年の警邏隊員が「どうしたね? 何か用事かい?」と声をかけてきた。


「ヘルバン島の受刑者との窓口は、どこでしょうか?」

「え、ヘルバン島?」


 ユージェニーの返事に、隊員は鳩が豆鉄砲をくらわされたかのような顔をした。


「知り合いが収容されたと聞いたので、差し入れの方法を教えていただきに来ました」

「いったい、その知り合いは何をしでかしたんだい?」

「隣国と内通の疑いで逮捕されました」

「え、疑いだけかね?」

「はい」


 中年隊員は、首をひねる。


「ここは凶悪犯が収容される場所だよ。まだ疑いだけなら、こんなところに護送されるはずはないんだけどなあ」

「でも、そう聞いたんです……」

「ふうむ。まあいいや、おいで。確認してみようか」

「はい、ありがとうございます」


 マーティンと名乗った隊員の先導について、屋舎の奥へ入っていく。ウーリーも有能な猟犬然として、ユージェニーに付き従った。隊員はチラリとウーリーに視線を投げたが、躾が行き届いていると判断したのか、何も言わなかった。


 受刑者との窓口だという部署は、拍子抜けするほど他の部署と変わりがない場所だった。部署の前で、マーティンはユージェニーに振り向いて質問する。


「受刑者の名前を教えてくれるかい?」

「エルドウィンです」

「護送されたのは、いつかね?」

「わかりません。逮捕は一週間前でした」


 彼女のこの答えに、マーティンは「いやいやいや」と呆れたように苦笑して、額に手を当てる。


「いくらなんでも、そんなすぐにここに護送されてるわけはないよ」

「でも、そう聞いたんです……」

「誰から?」

「ええっと、ルシアンさまから」


 とっさにユージェニーは、ルシアンの名前を出してしまった。もちろんマーティンは名前だけ聞いても誰のことだかわかるはずもなく、怪訝そうに首をかしげる。


「ルシアンさま?」

「フィッツシモンズ子爵家のルシアンさまです」

「ほう」


 完全なる口から出任せなので、ユージェニーは気が気ではない。なのに、なぜかマーティンはあごに手を当てて、眉をひそめるではないか。まさか、このマーティンという人物は、ルシアンか子爵家と接点があるのだろうか。ユージェニーは背中から冷や汗が出る思いで息を詰めた。


 しかし、それは彼女の杞憂だったようだ。マーティンはすぐに人好きのする表情に戻り、窓口の部署の者をつかまえて尋ねた。


「ちょっと教えてくれないかな」

「どうしました、本部長?」


 このやり取りを聞いて、ユージェニーは思わず「えっ」と声が出そうになるのをのみ込まなくてはならなかった。


(このおじさんが、本部長なの⁉)


 彼女の驚愕に気づき、マーティンはいたずらが成功した子どものように含み笑いをする。だが彼女には何も言わず、職員に要件を告げた。


「一週間前に逮捕された、エルドウィンという者が護送された記録はあるかね?」

「ありませんね。このふた月ほど、受刑者の受け入れはありませんでしたよ。それ以前の話として、逮捕後一週間でここに来るって、そもそもあり得ないでしょう」


 マーティンは「ほらね」という顔でユージェニーたちを振り返る。悄然と肩を落とした彼女を気の毒そうに見やり、マーティンはもう一度職員に声をかけた。


「今後の護送予定も、特に来てないよね?」

「ありませんねえ」

「だよな。ありがとう」


 マーティンはユージェニーに向き直り、「というわけだ」と肩をすくめてみせた。彼女は弟と一緒に「ありがとうございました」と礼を言いつつ、途方に暮れた。


 ここに来さえすれば、差し入れに手紙を紛れ込ませて、エルドウィンと連絡が付けられるとばかり思っていたのに。いったい彼は今、どこにいるのだろう。彼女はこれから、どうしたらよいのだろう。

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