表の顔
馬の様子を見ながら、火竜が出たというネージュの街を目指す。王都からその街まで、どれだけ急いでも3日はかかる距離だ。
(途中で宿を取ることになるのは確定だな。ケズルの街でいいか)
街道のカーブに沿って馬を走らせながら、エルドレッドは次の行き先を選んだ。基準は街の大きさだ。人が多くて賑やかな街なら、勇者たちも比較的大人しくしていてくれるだろう。
(そうと決まれば、急がないとな。日が沈む前に着いておきたい)
鞭を動かす。馬が速度を上げる。馬車の中から声がする。
「どうしたの? そんなに急がなくてもいいでしょ、まだ先は長いんだから」
「今日はケズルの街に泊まる。もう少しだけ我慢してくれ」
「えー……ケズルはちょっと遠くない? ラカシャでいいと思うよ」
「ダメだ。ラカシャは普通の農村だぞ。この時期は農作業が1番忙しい時だ。それともお前、彼らの仕事を手伝う気があるのか? それならラカシャに泊まっても……」
「それは嫌だなあ。分かった。ケズルでいいよ」
勇者は予想していた通りの答えを返してきた。エルドレッドは安堵の息を吐く。
(ラカシャにこいつらを連れて行ったら、纏めて見張ることができないだろ。あそこには大きな宿が無いんだ)
街というより村。それぞれの家に畑があり、そこに住んでいる人々は全て農民。彼らの穏やかな日常に、勇者たちを連れて踏み込みたくはない。畑の横を通り過ぎて、林を抜ける。中天に輝いていた太陽が、西に向かって傾く頃。エルドレッドは無事に、ケズルの街に着いていた。門が閉じられるまでには、まだ間がある。
(間に合ったか)
エルドレッドたちの馬車には、王家の紋章が掲げられている。そのため門番に止められることもなく、彼らは街に入ることができた。街で1番大きな宿の前で、エルドレッドは馬車を停める。
「めちゃめちゃ大変だった〜。なあエル、もうちょっと丁寧に走らせてくれよ。気分悪くなるじゃん」
「人の名前を勝手に略すな。……まあ、これからは気をつける」
顔を青くしたキアムを見て、エルドレッドは少しだけ罪悪感を感じた。キアムはエルドレッドを指さして大声で言う。
「果実水! お前の奢りな!!」
「その元気があるなら大丈夫だろ」
「はあ?!」
「冗談だよ。奢ってやるから機嫌を直せ」
「マジか。言ってみるもんだな!」
キアムがはしゃぐ。エルドレッドは目を細めた。
(なるほど。人の目があると、こういう感じになるのか)
今のキアムは明るくて可愛い少年だ。周囲の人間も微笑ましげに見守っている。エルドレッドはそれを見て、ケズルを選んで良かったと心から思った。