奇跡(後編)
「エルドレッドにはそんなつもりは無かったのかもしれませんが、彼の生き方は僕らの理想に最も近いものです。神殿に籠もりきりの司教では、とても太刀打ちできないでしょう」
ネズミの道の奥で。ロドニーはそう言って微笑んだ。外にいる聖都の民たちは、エルドレッドの帰還を喜んでいる。神殿にいる僧侶たちも、神殿を守る兵たちも。外に出てきて、遠巻きに見守っている。司教はそんな彼らを見て、目を細めた。
「……なるほど。あくまでも、自分はエルドレッドだと言い張るのですね。ではお聞きしますが、あなたは何故ここに来たのですか?確か以前は帝国軍に加わって、戦いに参加されていましたが」
「できれば、誰も傷つけないうちに戦争を終わらせたかったんだ。オレが力を示せば、何事もなく終わらせることが出来ると思って……」
エルドレッドは困ったような笑みを浮かべて言った。ラディが青ざめた表情で呟く。
「エルドレッド様は最初から、神の子としての使命を果たそうとされていたのですね。……それなのに逆らってしまうなんて、私たちは神に見放されてしまうのでは……」
「いや、それは大丈夫だ。オレが魔族に似た姿になっていたのは事実だし、誤解されるのも仕方ない。そう思って、オレは霊山に戻ったんだ。悪魔の力を抜くために」
エルドレッドが真剣な表情になって告げる。ラディはその言葉を聞いて安心した。司教が大きなため息をつく。
「……なるほど。大体の事情は分かりました。しかし私も、神聖国を支える身。そう簡単に、あなたの言葉を信じるわけにはいきません。大神殿で、神のご意思を直接お聞きしましょう。数日ほど、神殿に留まっていてください」
「そういうわけにはいきません。皇国と帝国の争いは、今も続いています。オレはこの争いを止めるために蘇ったのですから、1日も無駄にはできません。神殿で祈りを捧げることは、司教様にお任せします」
エルドレッドは真顔で言い返した。司教が初めて、言葉に詰まる。神に祈るだけでは、戦争が終わることはない。そんなことは、彼が1番よく知っていた。けれどそれを口にすれば、神殿の権威は地に落ちる。だからこの場では何も言えない。それだけではない。この場でエルドレッドから釘を刺されたことで、司教は神殿から動けなくなった。彼が戦い続ける限り、神託を理由にして兵を動かすことも難しい。もし動かせたとしても、彼とは決して戦えない。それを察して、司教はこの場での追求を諦めた。戦争が終わってから、改めて神殿に彼を呼ぶ。そこで是非を問うしかないと。
「分かりました。今だけは、あなたの言葉を信じましょう。……あなたが真に神の子として蘇ったというのなら。そのお力で、この戦争を終わらせてください」
司教が彼に頭を下げる。彼は頷いて、側に控えた鳥の背に乗った。鳥が羽ばたく。風の流れに乗って、1人と1匹は霊山へ向かって飛んでいった。隠れていた仲間たちはそれを見て、安堵の表情を浮かべた。




