奇跡(中編)
エルドレッドは神の子である。彼は今まで、その立場を利用したことはなかった。神の名を名乗ったのも、クセルの町で戦った時が初めてだ。それ故に、その言葉には説得力がある。高位の僧侶であるラディが彼の言葉を疑わないことで、その信用は更に上がっていく。司教が慌てて神殿から出てくる頃には、周囲に集まった人々は皆エルドレッドの話を信じていた。
「あら司教様! エルドレッド様がお帰りになりましたの! 浄化もなさって、完全に元のエルドレッド様にお戻りになって……」
「……すいません、ラディ。少し静かにしていてください」
ラディが興奮した様子で、司教に話しかける。彼は苦々しげな表情を浮かべていた。
「……司教様?」
明らかに不機嫌な様子の彼を見て、ラディが戸惑う。周囲にいる人々がざわつきだした。司教はそんな彼らを無視して、エルドレッドを睨みつける。
「悪魔が人の皮を被っただけでしょう。エルドレッドは死んだのです」
「そうでしょうか。オレはまだ誰も殺していませんよ、司教様」
エルドレッドは真っ向から司教を見返した。ラディがその言葉を聞いて目を伏せる。
「その、司教様を疑うわけではないのですが……確かにエルドレッド様は、人を殺さないようになさっていました。ご自分がどれだけ追い詰められていても、決して」
司教がため息をついた。彼はエルドレッドに近寄って、その腕を掴む。
「確かに、姿だけは以前の彼と同じですね。ですがそんなものは、いくらでも誤魔化せるでしょう。今のあなたがエルドレッドだという証明は、誰にもできません」
「おや。それでは司教様は、そうではないという証明ができますか?」
司教が顔をしかめた。
「……そんなことは簡単です。あなたが悪魔だというのなら、浄化の光を浴びせれば本性を現すはずですから。ラディ、お願いします」
司教の言葉を受けて、ラディが杖を掲げる。白い光が周囲に満ちた。エルドレッドは穏やかな表情のまま、その光を浴びている。周囲にいる人々が、潜めた声で囁き交わした。
「変わっていないように見えますが……」
「悪魔ではないということでは? 司教様のお気持ちも分かりますが、エルドレッド様はユラ様の子です。この戦争を終わらせるためにユラ様が使者として送り込まれるとしたら、彼以上に相応しい者はいないでしょう」
司教が追い詰められる。ラディが困ったような顔で、杖を下ろした。光が収まる。エルドレッドは司教を見つめた。
「信じられないのは分かります。ですがオレは本当に、ユラ様のお力で生き返ったのです」




