守るべきもの
足音が聞こえる。鎧がぶつかる音も。衛兵が来たのだ。盗賊たちの傷は、もう治っている。
(洞窟の壁や床に付着した奴らの血は……人に見られても、ここで戦闘があったことが分かるだけだな)
実際は戦闘というより一方的な蹂躙だったが、彼らはそうは思うまい。エルドレッドは衛兵たちと談笑する3人を置いて、先に街道へ戻った。
「君。ちょっといいか?」
人質を預けられた女騎士が、エルドレッドに声をかける。
「彼女たちは安全な場所に移した。もう2度と傷つけさせはしない。……君のおかげで助かったよ」
「そうか。良かった」
「……なあ、私は君たちのことを街で見かけたことがあるんだ。グロウというパーティーは、とても人気があった。君とルーシャは喧嘩ばかりしていたが、それでも仲が良さそうだった。君がグロウを抜けたなんて、今でも信じられないよ。ルーシャの姿も見えないし……。本当は何があったんだ? 教えてくれ」
「別に、いつものことですよ」
エルドレッドは作り笑いを浮かべた。女騎士が眉根を寄せる。
「だが……」
「俺はルーシャに捨てられたんです。信じられなくても、それが事実ですよ」
目の前の女騎士は、きっと知らないのだと思う。正義感が強い騎士は、街の見回りを任されることになるから。王に謁見する機会が少ないと、その本質には気づけない。
「君がそういうのなら、そういうことにしておこう。だが、無理はするな。私は君の味方だ。何かあれば頼ってくれ」
「……そうですね。じゃあ、人質になってた子たちを任せていいですか。あなたが側にいてくだされば安心です」
エルドレッドは本当に頼みたいことを隠して、当たり障りのないことを頼んだ。女騎士は快諾する。
「ああ、任せてくれ。君はこれから西に向かうそうだな。噂では火竜が出たとか……君なら心配はいらないと思うが、気を付けて行ってきてくれ。ルーシャに会えたら、君のことを話しておくよ」
「はい。ありがとうございます」
エルドレッドは深々と頭を下げた。優しい人は、それなりにいる。けれどそんな人たちすら、エルドレッドにとっては保護の対象だ。
(国と国の争いに、何の準備もなしに個人を巻き込むことはできない。巻き込むのなら、事を起こす瞬間でないとな)
勇者たちが戻ってくる。エルドレッドは顔を上げた。3人は穏やかな笑みを浮かべて、馬車に乗る。
「行ってきます」
エルドレッドは女騎士にそう告げて、御者台に座った。女騎士は少し離れた場所に立って、彼を見送った。馬が地面を蹴る。車輪が回る。エルドレッドはこうして、勇者と共に旅立った。