転機(後編)
エルドレッドが剣を振るう。風圧だけで人が吹き飛ぶ剣技は、少数の相手ならそれだけで制圧できるほどの凄まじいものだ。けれどこれは戦争であり、相手は統制された軍隊である。後方支援のために控えている魔法使いたちが、同時に杖を振るう。エルドレッドの剣が起こした風は、彼らの風魔法とぶつかって相殺された。人の輪が狭まっていく。エルドレッドとマリオンの姿が見えなくなる。ラディは青ざめた表情で、それを見ていた。
(これは本当に、正しいことなの……?)
大神殿の奥に囲われて、何不自由なく育てられた。そんな彼女は、他人の言葉を疑わずに生きてきた。これまでは。その歯車は、徐々に狂いだしている。司教の本性を見たことで、彼女は全てを疑い始めた。
(エルドレッド様は、誰も殺していない。本当に、悪魔に体を乗っ取られているの? でも、あの姿はどう見ても……)
迷っている彼女の様子を見て、将軍が笑いながら告げた。
「そんなに心配なさらずとも、あの悪魔はじきに殺せます。人を殺さぬ悪魔など、脅威ではありません。おそらくは、素体となった男が抵抗し続けているのでしょう。旧時代の英雄が、何故悪魔となったのかは分かりませんが……。彼は死を望んでいるのだと思いますよ」
ラディが凍りつく。
(それは、違います。エルドレッド様は蘇生のために、悪魔の力を借りているはず……)
あの霊山で、彼女は実際に見ている。エルドレッドは自分の意志で、魔石を体に取り込んだ。生きるために。
(そのはず、なのに。どうして……)
このままでは彼が死んでしまう。そう思うのに、言葉が出せない。ラディはただ、見ていることしかできなかった。人の波が押し返される。少しだけ、エルドレッドの姿が見える。彼は傷ついたマリオンを庇って、兵士の剣を弾き飛ばした。その体が、グラリと傾く。彼の足元に、黒い穴が開いた。
「何だアレは……?!」
「近づくな! 悪魔の力かもしれんぞ!」
兵士たちが距離を取る。エルドレッドとマリオンは、暗い穴の中に落ちていく。ラディが目を見開いた。
(あれは……司教様の魔法……? いいえ、あの方はこの場にはいらっしゃらないはずです。一体、何が……?)
誰にも理解できないまま、黒い穴は開いた時と同じように唐突に閉じた。皇国の兵たちは、先ほどまで穴が開いていた場所を見つめた。彼らは全員、戸惑ったような様子で立ち止まっている。
「……皆! 悪魔は叶わぬと見て、撤退したのだ! これは我らの勝利である!」
最初に立ち直ったのは将軍だった。彼は兵士を鼓舞するために、声を張り上げて勝利宣言をした。




