転機(前編)
クセルの町に、皇国兵が攻めてくる。それ自体が1つの生き物のように動く、訓練された人々の集まり。押し寄せる人の波を見つめて、マリオンは顔をしかめた。
「……やはり、こうなるのか」
エルドレッドの横に立って、剣を構える。帝国兵は役に立たない。彼らは既に逃げ出している。
「こうなることは想定済みだ。……彼らの選択は正しいよ。オレに付き合っていたら、命がいくつあっても足りない」
エルドレッドは真顔で告げた。マリオンが目を細める。
「あれだけの啖呵を切っておいて、そんなことを言うのか」
彼女は目の前の大軍を見すえた。たった2人で、これだけの数を相手にする。そんなことは不可能だ。エルドレッドは確かに、人を超越した強さを持っている。だが、彼は人を殺さない。それでは勝てない。決して。けれどそれで負けるなら、マリオンは本望だった。人を殺して生きるより、殺さずに死ぬ方がずっと良い。
「事実だからな。……マリオンさんも、いつまでもオレに付き合う必要はない。ここまで来たら見張りもいらないし、霊山に戻れば穏やかに暮らせる。あの場所は、どの国の物にもならないから」
マリオンは、その言葉を聞いてため息をついた。
「……変わっているのは見た目だけか。貴殿を見捨てて霊山に逃げるなど、騎士にあるまじき行為だ。そんなことをしては、アラベラ殿やルーシャたちに顔向けができない。私は最期まで、貴殿に付き合うとも。それが私の生き方だ」
エルドレッドは言いたいことを飲み込んで、前を見た。皇国軍の隊列が2つに割れる。隊列の奥から、開いた道を通り抜けて。馬に乗った人間が、前に出た。他の兵より重厚で派手な鎧を着た男。彼はその背に、ローブを着た人間を連れている。
「エルドレッド。降参しなければならないのは、そちらの方だ」
男が馬から下りる。彼に庇われていたラディが、姿を見せた。彼女は男の手を借りて馬から下りると、杖を取り出してエルドレッドに向けた。
「……あなたがエルドレッド様でないことは分かっています。それでも私は、エルドレッド様のお体が傷つくことを考えただけで悲しくなってしまうのです。どうか抵抗せず、安らかにお眠りください」
彼女は本気で言っている。それを理解して、エルドレッドは真顔になった。そして抜き身の剣を振るう。ラディが持つ杖がバラバラになる。地面に落ちた杖の破片を見て、ラディは凍りついた。
「次は足を狙う」
エルドレッドが低い声を出す。将軍らしき男が、ラディを守るように立ちはだかった。
「英雄も墜ちたものだな。戦えぬ女性に、手を上げるとは」
「戦場に、しかも最前線に来ているのだ。戦う意志があると見なされても、文句は言えまい」
マリオンはすかさず言い返した。将軍が舌打ちをして、号令を出す。
「皆の者! 心臓を狙え! この化け物の弱点はそこだ!」
周囲を囲んだ皇国兵が動き出す。マリオンとエルドレッドは背中合わせになって、彼らを迎え撃った。




