屑と邪悪(後編)
アジトに近づいたエルドレッドは、その中から微かに聞こえてくる悲鳴を耳にして顔をしかめた。
(入りたくねえ)
中で何が行われているかなど、見なくても分かる。エルドレッドは暗い気持ちになりながら、洞窟の奥を目指して進んでいった。悲鳴はだんだんと大きくなっていく。洞窟の最奥には大きな円形の空洞があり、地面に人の残骸が転がっていた。
「さあ、次は貴方ですよ。大丈夫。死んでしまっても、また蘇生させてあげますからね」
僧侶が杖を抱きしめて笑う。勇者が楽しそうに盗賊を蹴っている。勇者パーティーの仲間の方の盗賊は、部屋に入ってきたエルドレッドに向かって笑顔で手を振った。
「よお、早かったな。街道の方はどうなってた?」
「衛兵が来ていた。捕まった奴らが素直にアジトの場所を話していたから、そのうちこっちに来るんじゃないか」
「マジか。そういうことなら、お楽しみの時間は終わりだな。全員治しておいてくれ、ラディ」
「分かったわ、キアム」
キアムと呼ばれた盗賊の言葉に、女僧侶が答える。彼女は杖を掲げて呪文を唱えた。空洞の入り口に立っていたエルドレッドは、呪文の内容を聞いて目を細めた。
(蘇生と治癒は良いとして、記憶消去まで混ぜてんのか。こいつらは本当に、救いようのない屑だな)
分かっている。そんな奴らと組んで仕事をしているのに自分だけ綺麗なフリをするのは、彼らよりも罪深い。ここに来た時点で、こうなることは読めていた。本当に何もさせたくないのなら、無理やりにでも人を集めて、ここに連れてくれば良かったのだ。そうしなかった理由は1つ。
(こいつらのやりたいことを全て邪魔してたら、ルーシャに何をされるか分からねえからな。悪人への仕置きが過剰になるくらいのことは、見逃すべきだ)
結局、エルドレッドも同じなのだ。街道で行く手を塞がれたあの時に、彼は盗賊たちを見捨てることを選んだ。それは紛れもない悪だ。
「そうだ、まだ自己紹介してなかったな。オレはキアム。向こうの女僧侶がラディで、勇者の名前は……当然、知ってるよな?」
エルドレッドの思いには全く気づかずに、キアムが笑顔で話しかけてくる。エルドレッドは表情を消したままで答えた。
「グリズス・メイトキアリアだろ」
「そうそう。ちゃんと覚えててくれよな。これから、長い付き合いになるんだから」
「……ああ、そうだな」
エルドレッドの目の前で、勇者たちが行った悪事は跡形もなく消えていく。エルドレッドは黙ってそれを見続けた。
(俺だけでも、これを覚えておかないと……)
そんなことをしても、罪滅ぼしにはならない。分かっている、それでもエルドレッドは、決して目を逸らさなかった。