戦争(前編)
次の日の朝。晴れ渡った空の下で、戦いは始まった。黒い男は剣を抜いて、皇国の兵士に向かっていった。金属の鎧が絹のように引き裂かれて、兵士たちが地に伏せる。マリオンは真顔になった。
「何だ、あれは」
「悪魔か?」
「帝国は、あんな化け物を飼っていたのか」
皇国の兵たちが騒ぎ出す。無理もない。全身を覆う鎧が、何の役にも立たないなどと。そんな事態は、誰も想定していない。その証拠に。
「あいつ何なんだよ」
「関わったらヤベエ奴だろ」
「まあいいんじゃねえの、味方だし」
「いつ敵に回るか分かんねえ奴は、味方とは言わねえよ」
帝国軍の兵たちが、戸惑ったような様子を見せて立ち止まる。黒い男は周りを気にせず、大きな声で宣言した。
「聞け! オレの名はエルドレッド・ハーロウ・サリエール! 訳あって帝国に力を貸している者だ! 力の差が分かったのなら、すぐに退却しろ! このまま戦っても、お前たちに勝ち目はないぞ!」
その言葉が戦場に響き渡る。皇国の兵たちが後ずさる。
「エルドレッドだと? あの男は死んだはずだ」
「本物か?」
「分からん。だが、あの男が本当にエルドレッドだというのなら……我らではとても勝ち目がない」
「死体が動いているというのですか? でしたら私が前に出ましょう」
高位の僧侶が進み出る。彼は杖を掲げて、呪文を唱えた。エルドレッドを名乗った男が苦笑する。
「オレを浄化するより、仲間を治癒する方が先じゃないのか」
聖なる光を浴びても、男は苦しむ様子を見せない。僧侶が目を見開く。
「そんな……! 悪魔であっても、浄化の術は効くはずです!」
「……お前、オレの話を聞いてなかったのか? オレは先ほど名乗っただろう。サリエールの名を持つオレに、神の力を借りる術は通用しない。分かったら仲間を助けてやれ。そして国に戻って、皇国の王に伝えろ。オレは帝国側につく。命が惜しかったら降伏しろと」
男は苦笑を浮かべて告げた。僧侶が固まる。皇国側の隊長が、その様子を見て告げた。
「退却だ。この町を取り戻すことは諦める」
僧侶は目を伏せて、倒れた兵士たちを治療した。起き上がった彼らが、隊長の指示に従って退却していく。帝国軍の兵士たちが、笑いながらそれを見ていた。
「何だか知らねえけど、うまくいったな。この調子で行けば、すぐに戦争を終わらせられそうだ」
エルドレッドがため息をつく。
「そんな訳ねえだろ。今回は不意をついただけだ。次はこうはいかねえよ。……それに、懸念点はまだ残っている。オレは1人しかいねえんだからな」
その言葉の意味を正確に理解できたのは、その場にいる人間の中ではただ1人。マリオンだけだった。




