悪魔(前編)
エルドレッドたちは馬を借りて、クセルの町に向かった。西へ向かっていくに連れて、血の臭いは強くなっていく。
「……人の姿が見えない。難民はほとんど、皇国の方に逃げていったんだろうな」
エルドレッドが呟く。マリオンは目を細めた。
「そうだな。帝国より皇国の方が、民からの評判は良い。……私もこうなるまで、皇国のことを最も素晴らしい国だと思っていた」
「向こうの王は皇帝と違って、臆病で慎重な男だ。この戦争で勝つまでは、彼は穏健派として振る舞うだろう。民たちが皇国を頼ること自体は、間違ってはいない」
燃え盛る町を横目に見ながら、馬を走らせる。通り抜けた町は、どこもかしこも荒らされていた。帝国軍の兵たちが、戦争にかこつけて略奪を繰り返しているのだろう。その様子を想像して、マリオンは表情を曇らせた。
「……旧時代の傷は、まだ癒えていないというのに。一体いつまで、こんなことを続けるのやら」
「そりゃあ、どこかの国が勝つまでだ。……マリオンさんには悪いけど、オレは帝国兵の略奪を止められない。そんな権限はオレにはないし、いちいち止めていたら同じ部隊の奴らに恨まれるからな」
マリオンは何も言わなかった。2人は日が傾きかけた頃に、クセルの町に到着する。そこは皇国の領土の端にある、小さな町だ。ここまで来る途中に見かけた他の町と同じように、クセルの町も荒らされている。民家は破壊されていて、逃げ遅れた人々は捕虜として囚われていた。
「うわ、ホントに来たぜ。何考えてんだ、皇帝は」
「知らねえよ。あんな見るからに危ねえ奴は、放っておくのが長生きのコツだ」
帝国軍の兵たちが、2人を見ながら囁き交わす。彼らはおそらく、第6小隊の者たちだろう。皇帝の話をしているところを見ると、報告は受けているらしい。これから彼らと共に戦うことを考えて、マリオンはため息をついた。
「……どう見ても、歓迎されてはいないな」
「そりゃそうだろ。オレだって、あいつらと進んで仲良くする気はない。……ひとまず、休める場所を探さないとな」
エルドレッドは周囲を見た。崩れて放棄された建物の中に、宿として使われていた場所を見つけて。彼はそちらに向かって、歩いていった。マリオンは、少し遅れて付いていく。
「……エルドレッド」
「何だ?」
瓦礫を移動させながら、マリオンは彼に話しかけた。彼の態度は変わらない。
「……何でもない」
言いかけたことを飲み込んで、彼女は作業を続けた。少し汚れたベッドを整えて、周囲に瓦礫を積み上げる。その作業を終わらせて。エルドレッドは、ベッドに横になって目を閉じた。マリオンはそんな彼の様子を見ながら、荷物の中から水晶玉を取り出して起動させた。薄い水色の球体に、アラベラの姿が映り込んだ。




