決別の時(前編)
「エル。お前が本物でも偽物でも、エルドレッドの姿をした者が生きて動いている。その事実は変わらない。……これからお前は、何をどうするつもりなんだ」
アラベラが真剣な表情で問いかける。黒い男は苦笑を浮かべた。
「オレは見ての通り、人とは思われない姿になった。このまま1人で、三国を滅ぼす。……やることがあると言われたんだ。平和を保つ責務があると。その責務を果たすまで、オレは死ねない。三国を敵に回して、オレは戦わなければならない。まずは帝国。あの国では、力が全てだ。死の淵から帰ってきたオレ。姿が変わったオレは、力を持っていると明確に分かる。皇帝は表向き、オレに従うフリをする。裏ではオレを狙うだろうが、子飼いの部下は使えない。皇帝も国も同じだ。誰かのために命を捨てるような奴は、帝国にはいない。今の帝国は、霊山と同じく安全な場所だ」
そこで言葉を切って、彼はマリオンを見た。真剣な表情になって、彼が呟く。
「オレ1人なら、生きていけます。あなたを守ることは出来ません。それでも良ければ、来てください。オレは戦場に出ますから、国に……皇国に帰って戦うことも」
「追われたよ」
マリオンは彼の言葉を遮った。彼が目を見開く。彼女は気にせず、話を続けた。
「私は国を追われた。……貴殿と共に帝国に行く。アラベラ殿。この水晶を、預かっていてくれ」
彼女が地面に石を置く。通信用の、水晶玉を。セラフィーナは慌てた。
「待って。待ってよ! 全然何も分かんない。分かるように説明して。その話を信じるかどうかは、説明を聞いた後で決める。……何があったか、話してほしい」
アラベラが森の奥に目を向ける。彼女はため息をついて、黒い男に話しかけた。
「西の方に穴ぐらがある。そこは熊の住処だが、一晩だけ。お前たちに貸してやろう。熊にはオレから言っておく。ネズミ。案内してやれ」
ネズミたちが頷く。彼らは群れを形成したまま、ゆっくりと。西に向かって進んでいった。黒い男が、白いネズミの列を追う。マリオンが腰の剣に手を当てたまま、その背を見つめて後に続いた。セラフィーナはロドニーと並んで、半歩離れて付いていく。アラベラは、立ちすくむ少女を見つめていた。
「行かないのか」
杖を抱きしめている少女……ラディは声をかけられて飛び上がった。
「い、行きません。あれはエルドレッド様ではありませんから」
「では、司教を呼ぶ。共に国に帰るといい」
アラベラの声は穏やかだ。けれどその内容は、ラディにとってとても恐ろしい事だった。
「嫌……嫌です。国は嫌。司教様は嫌。地下牢は嫌……」
その口から漏れた言葉を聞いて。アラベラは目を細めた。
「それならどうしたいんだ。言っておくが、霊山に招く人間はルーシャたちだけ。山の外で暮らしていた人間は、山に馴染まなければ追い出すぞ」
「獣の暮らしをせよと仰るのですか。あなた方と同じ暮らしを」
ラディは目に涙を溜めている。アラベラは真顔になった。
「あれも嫌、これも嫌か。困った娘だ。放り出されて死にたくなければ、自分の意志で道を選べ。皆、そうして生きているのだから」
その言葉に気圧されて、ラディは口を閉ざしてしまった。




