彼の剣(前編)
その部屋は、鉄錆の匂いがする場所だった。床に広がった血溜まりの上に、エルドレッドが倒れている。その周囲。円を描くように、彼の剣は浮遊している。剣の攻撃範囲に入らないように、帝国の兵たちが遠巻きに見守っている。そして。そこには、皇帝の姿もあった。
「来たな。……見慣れない顔の者がいるようだ。無知な僧侶まで連れてくるとは、そんなに人手が足りないのか。だが、魔女はいないな。愛しい男の死に様は、やはり見たくは無いのだろう」
皇帝はそんなことを言いながら剣を構えた。マリオンが無言で、腰に下げていた剣を抜く。兵の数は十数人。彼らは皇帝から命じられれば、いつでも4人に向かってくるだろう。セラフィーナが短剣を取り出す。皇帝は、笑って告げた。
「やれ」
兵たちが動く。マリオンとセラフィーナは、狭い室内で彼らを迎え撃とうとした。その時。浮遊していた剣が、エルドレッドから離れて兵士たちに向かってきた。
「……エル……?!」
驚きのあまり、セラフィーナが叫ぶ。タイミングも、動き方も。まるで、まだ彼がそこにいるような。そんな錯覚に襲われる。違うのは、ただ1つだけ。その剣は、容赦なく人を傷つけた。それも帝国の兵だけを。金属製の鎧を、紙でも切っているのかと思う気軽さで切り裂いていく。1人、また1人と。血を吹き出して、人が倒れる。それを見て、皇帝はため息をついた。
「もういい。退け。……全く、どのような仕組みで動いているのだ。本当の仲間が来た途端に、動き方を変えるとは。こんなことは、予想していなかったぞ」
皇帝が呆れた様子で呟く。彼の声に従って、兵たちがサッと引いていく。浮遊する剣は、ゆっくりと。元の場所に戻っていった。
「……エル? エルなの? 生きてるの? ねえ……!」
セラフィーナは剣に向かって声をかけた。剣は全く反応しない。倒れたエルドレッドを守るように、浮いた状態で待機している。
「帰ろうよ。ルーシャが、待ってる。アタシたちと、帰ろう。エル」
そう言いながら、彼女は彼に近づいていく。一歩、また一歩と。マリオンが彼女を守るように、少し前を歩いていく。剣はマリオンの首元に向かって、一直線に飛んだ。マリオンが動揺する。
「私は、近づけないのか。私でも……」
セラフィーナは悲しそうな顔をして俯いた。
「エル。どうして? マリオンさんは、味方じゃないの? 答えてよ、エル……!」
倒れた彼は動かない。浮遊する剣は、マリオンを牽制している。セラフィーナはエルドレッドの体に触れた。冷たい。息をしていない。
「……っ、エル……!!」
抱きついて、ワアワアと。彼女が泣き出す。その場にいた人間たちは、それを見て。エルドレッドが死んだことを、確信した。




