交渉(中編)
場の空気が変わっても、司教は気にせずに話を続けた。
「ご存知のようですね。巷に流れている噂は、真実です。エルドレッドの剣は、主人が亡くなっても動いている。私たちにとっては、彼は紛れもない神の子です。彼の死体が回収できず、その剣が動き続けているという状況は……私としては、大変やりにくい事なのです」
司教は苦々しい顔をして言った。ロドニーがため息をつく。
「それは、僕たちには関係のないことです」
司教は真剣な顔をした。彼にとっては、確かに重大事項だ。けれど2人にとっては、神聖国の事情など知ったことではない。そんな2人の思考を読んだのか、司教は感情のない声で話を続けた。
「エルドレッドの事です。あなた方の目で、直接確認したいのでは? 協力しますよ。本当は、死体が手に入れば1番良かったのですが……この際です。動く剣を何とかできれば、それ以上のことは望みません」
「あなたの言葉を、そう簡単に信じることはできません。あなたは平気で、嘘がつける方ですから」
ロドニーは司教の目を見た。2人の視線がぶつかる。先に目をそらしたのは、司教の方だった。
「あなたもお分かりかと思いますが、神聖国の武器は信仰です。神聖国の民たちは、戦うことよりもエルドレッドを助けることを優先すべきだと叫んでいる。そのせいで神殿兵のほとんどが、民たちの暴走を収めるために駆り出されているのです。挙句の果てには、その主張に共感して……民たちと共に騒ぎ出す兵までいる始末。とても戦争に参加できるような状況ではありません」
司教の口調が、少し乱暴になっている。それを意外に思いながら、ロドニーは話を続けた。
「良いことなのでは?」
「とんでもありません。この騒ぎを国内で収められなくなった時が、神聖国の滅びの時です。東西の王は仲が悪い。しかしながら彼らは、血を分けた双子でもあります。神聖国が少しつつくだけで瓦解すると知れば、同盟を結んで攻め入るでしょう。その後はまた、対立するでしょうが……神聖国が無くなれば、その動向を気にしなくても良くなる。今よりも多くの人が死に、多くの血が流れるでしょう。それを。あなた方は、黙って見ているつもりですか?」
ロドニーが唇を噛む。セラフィーナは司教を睨みつけた。
「どこまでも最低な男ね。結局は自分が甘い汁を吸いたいだけでしょ。それなのに、上手くいかなくて焦ってる。自業自得だわ。最悪。話なんて、聞かなきゃよかった」
司教は平然とした顔で、2人の敵意を受け流した。そして。彼は表情を消して、低い声を出した。
「何とでも。……私は本気です。どのみち、エルドレッドのことは気になっているのでしょう。私がここで、人質になります。お2人が無事に霊山に戻らなければ、私を殺してくださって結構。エルドレッドは帝国にいます。私の馬車をお使いください。今の帝国には、エルドレッドを助けるために多くの僧侶が赴いている。彼らの力を借りれば、エルドレッドがいる場所に近づけるでしょう。紹介状は、既に書いておきましたので」
2人が絶句する。アラベラは頭を抱えた。
(どうするエル。オレたちは、どうすればいい? 教えてくれ、エルドレッド)
答えはない。彼がいない以上、それは彼女が自分で見つけねばならないことだった。




