交渉(前編)
しばらくそこで立ち尽くしていた2人の下に、ネズミが走ってくる。ルーシャが目覚めたことを、報告しに来たのだろうと。そう思って、2人は無理やり意識を切り替えた。ネズミは2人を見上げて言った。
「ごめん。ルーシャは、まだ起きていないんだ。でも、2人に報せないとならないことがあって。それで来たんだ。霊山の麓に、人が来てる。今はアラベラが対応してる。彼女から、言われた。2人が会いたくないのなら、来なくて良いって。……司教と、お付きの僧侶だよ。どうする?」
2人は同時に、目を丸くした。神聖国のトップが、何故この山に近づくのか。確かに彼の立場なら、麓までは来られるだろう。けれどそこまでだ。霊山に人が立ち入ることは、許されていない。
「……もしかして、それを……利用しようとしてるのかな。霊山に私たちが居ることがバレてて、私たちを……罪人として、連れて行こうとしてるとか?」
セラフィーナが震える声で呟く。ネズミは首を傾げた。
「どうやって? 連れて行かれることはないよ。この山に人が来ないのは、山に入ると迷うから。グルグル回って、同じ所に戻っちゃう。迷わないのは、獣だけ。ここにいれば、大丈夫。何があっても」
セラフィーナはロドニーの顔を見た。彼はさっきからずっと、険しい顔で黙っている。無理もないと、彼女は思う。彼はあまり、司教のことが好きではない。神聖国も同様に。他の僧侶たちには知られないように、上手く立ち回っているけれど。長年一緒に旅をしてきた3人は、そのことをよく知っていた。
「ロディが良いなら、私も良いよ」
セラフィーナがハッキリと告げる。ロドニーは暗い顔をしていたが、それでも。毅然とした態度で、口を開いた。
「あの人の事ですから、何か思惑があるのだと思います。……それでも、アラベラさんにだけ任せて……僕たちが会わないというのは、違うと思うので。お会いします。連れていってください」
鴉が翼を広げる。2人はその背に乗って、麓に下りた。司教はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべて、僧侶と一緒に立っている。彼の横にいる僧侶は女性だ。俯いて、顔を背けている。渋い顔で司教と話していたアラベラが、やって来た2人を見て苦笑を浮かべた。
「……そうなるとは、思っていたよ」
2人はアラベラの横に立って、司教と向かい合った。司教は2人を見つめて、話し始めた。
「こんにちは。お久しぶりです。……できればゆっくり、語り合いたい所ですが……時間がありませんので、本題に入らせていただきます。エルドレッドが亡くなった事は、ご存知ですか?」
その場の空気が、一瞬にして凍りつく。アラベラは司教に、鋭い視線を向けた。




