閑話 【布石を打つ】
夕食後。司教は、僧侶の部屋を訪ねた。
「まあ司教様。こんな夜更けに、どうされたのです?」
「あなたに、話しておかなければならないことがありまして。失礼します」
彼が部屋に入ってくる。彼女は笑みを浮かべて歓迎した。
「それは構いませんけれど……お話とは、エルドレッド様のことでしょうか」
「ええ。彼は神の御子です。何かあってからでは遅い。呪いの品などというものは、彼が持ってはならない物なのです」
彼女は真剣な表情で、司教の話を聞いた。彼は少し困ったような顔をして、ため息をついた。
「エルドレッドは、自分の強さを自覚しています。呪いに影響されるようなことは無いと思っているのでしょう。しかし呪いとは、そういうものではないのです。気づかないうちに精神を侵食していき、気づいた時には手遅れになる。エルドレッドが間違った道に進むのを、黙って見ているわけにはいきません」
「そうなのですね。ではやはり、言葉を尽くして訴えましょう。エルドレッド様は、きっと分かってくださいます」
「それができる時間が、私にあれば良いのですが……。いつまでも皆様を、ここに留め置くことはできません。ですから呪いの品を預かるのは、あなたに……ラディに任せたいのですが」
「構いませんわ。私は高位の僧侶です。必ずエルドレッド様から呪いの品をお預かりして、大神殿に届けましょう」
僧侶が胸を張って宣言する。司教は満足げに頷いた。
「頼みましたよ。……もしも彼が呪いに影響されて、他の皆様に酷いことをするようでしたら……その時は、多少強引な手を使っても構いません。その品物を、彼から離してください」
「まあ、そんなことがありますの? とても想像できませんわ」
僧侶が目を丸くする。司教はその様子を見て、穏やかに笑っている。
「あり得ないことが起きる可能性は、常に存在しています。あれは人類の敵が……魔族たちがこの世に遺した、とてつもない災厄なのですから」
「そんなに怖いものなのですね。私は呪われた街でも、普段より少し体が重いくらいでしたから、甘く見ていましたわ」
「それが神のご加護ですよ。エルドレッドは更に、神の寵愛も受けています。すぐに呪いに支配される、などということはないでしょう。時間には余裕がありますから、焦らずに……しっかり、彼と話してくださいね。話し合いで解決できるのでしたら、それが1番良いのですから」
「ええ、分かりましたわ!」
僧侶は明るい笑みを浮かべた。司教が部屋の扉を開ける。
「それでは、私はこれで失礼します。エルドレッドのこと、くれぐれもよろしくお願いしますよ」
「お任せください。私、必ずやり遂げてみせますわ」
その会話が最後だった。司教が僧侶の部屋から出ていく。僧侶は彼を、笑顔で見送った。




