司教(後編)
エルドレッドは、こうと決めたら譲らない。その性格は、司教も承知の上だった。
「仕方がありませんね。では、せめてその品物を預からせてください。私が直々に処理します」
「それもお断りさせてください。私はもう、あなたを……三国全てを、手放しで信用することはできません」
当たり前だ。皇国はグロウのメンバーを捕らえて軟禁した。エルドレッドを自分たちの手足として動かすために。何の準備も無くそんな動きをすれば、他の国も黙ってはいない。旧時代の英雄に非道な仕打ちを行ったという大義名分を持ってきて、皇国に攻め入るだろう。そうならなかったということは、他の国と内密に合意が取れていたということだ。どんな話し合いが行われたのかは知らないが、結果だけは分かる。彼らはエルドレッド自身に、どの国に付くか選ばせようとしている。
(悪趣味な話だな。だけど、こういう時こそ……それを利用するべきだ)
司教は神聖国の実質的な支配者だ。当然、今のエルドレッドの身に起こっていることを正確に理解している。エルドレッドは、このやり方に納得していない。三国のいずれにも付かない方法で、人質を取り戻そうとしている。そこまで読んで、彼はため息をついた。
「……仕方がありませんね。その品物は、あなたに預けておきましょう」
この場はひとまず退く。そんな言葉が聞こえた気がして、エルドレッドは苦虫を噛み潰したような顔になった。
(相変わらず、食えない男だ)
物腰の柔らかさと言葉の丁寧さで、大抵の人間は誤魔化されるが……彼は神聖国を完全に掌握して、世界をも手に入れようとしている。三国の王の中でも、最も厄介な人物だ。そもそも神聖国の国教はユラサリ教。世界中に信者がいる、世界を作った創造神を崇める宗教だ。
(ロドニーも、ユラ・サリエールという神のことは信じているしな)
その神がエルドレッドの父親かもしれないということも話したし、その自覚がないことも伝えた。彼は笑って『でも、あなたがそうだと言われたら……僕は信じますよ。あなたは優しい方ですから』と言っていた。神とは人の救いであり光だ。エルドレッドも、それらを全て否定する気はない。ないが、それとこれとは別である。ユラサリ教の教えを自分たちに都合の良いように歪めて、それを使って世界を手に入れようとすることは悪だ。この点でも、ロドニーとは意見が合った。『僕はユラ様を信じているんです。神聖国の司教を信仰しているわけではありません』と、彼は不服そうに告げた。そういう経緯があっての今である。エルドレッドが司教を敵と見なすことは、司教も当然予測していた。
「では、歓迎くらいはさせてください。長旅でお疲れでしょう? どうぞ、大神殿にお泊りください」
その上で、司教は笑みを浮かべて言い出す。その申し出を断る理由は、エルドレッドにはなかった。
(本当に、どこから計算済みだったんだ……?)
長旅よりも、彼の相手をしている方がよほど疲れる。エルドレッドはそう思った。




